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Meister Interview 緑 健児(Midori Kenji )

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新極真会代表理事/緑健児

新極真会代表理事
緑 健児

  • 緑 健児プロフィール
  • ダイジェスト版(読了時間5分)
  • 記事全文(読了時間15分)

■Profile


緑 健児(みどり けんじ)
日本の空手家(七段)/新極真会代表理事
1962年4月18日生まれ
鹿児島県大島郡瀬戸内町(奄美大島) 出身

新極真会代表理事を務める、日本の空手道の第一人者。数々の大会でタイトルを制し、第5回全世界空手道選手権大会の優勝をもって現役を引退。2000年に極真会館の代表理事に就任し後進の指導を行う一方、フルコンタクト空手のオリンピック競技化を目指し、2010年に財団法人日本オリンピック委員会(JOC)副会長の福田富昭が会長を務める日本格闘競技連盟に加盟。



     
■経歴

鹿児島県大島郡瀬戸内町(奄美大島)に生まれる。梶原一騎原作の極真空手を題材とした『空手バカ一代』に感銘を受け1978年に上京、高校進学と同時に当時の極真会館、東京城南川崎支部(廣重毅支部長)に入門。1985年、1987年の全日本ウェイト制空手道選手権大会にて軽量級の部で優勝。また、1985年の全日本空手道選手権大会において無差別で5位入賞(敢闘賞を受賞)という成績を挙げる。
1987年に開催された第4回全世界空手道選手権大会に日本代表選手として出場し、ベスト16入り。
1990年に開催された第7回全日本ウエイト制空手道選手権大会、軽量級で優勝。同年に開催された第22回全日本空手道選手権大会では準優勝し、第5回全世界空手道選手権大会の日本代表選手となる。
世界大会前に極真会館総裁大山倍達が緑の故郷である奄美大島を訪れて激励した。緑の著作のタイトルでもある「死力達成」はこの時、大山から送られた言葉である。1991年の第5回全世界空手道選手権大会では軽量級ながら体重無差別のトーナメントで黒澤浩樹、増田章ら強豪選手を破って優勝し、小さな巨人と賞賛された。
この第5回全世界空手道選手権大会をもって現役を引退。
現役引退後は故郷の奄美大島と福岡県で支部長として後進の指導をおこなう。 2000年に緑が極真会館の代表理事に就任。さらに2001年には国際空手道連盟会長に就任する。その後、2003年に全世界空手道連盟新極真会に名称を刷新し、引き続き代表理事を務める。最近ではフルコンタクト空手のオリンピック競技化を目指す旨の発言をおこない、2010年に新極真会は財団法人日本オリンピック委員会(JOC)副会長の福田富昭が会長を務める日本格闘競技連盟(略:JMAGA)に加盟した。

     
■得意技

上段廻し蹴り