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Meister Interview 斉藤 りえ(Rie Saito)

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作家・政治家/斉藤 りえ

作家・政治家
斉藤 りえ

  • 斉藤 りえプロフィール
  • ダイジェスト版(読了時間5分)
  • 記事全文(読了時間15分)

斉藤りえさん インタビュー


Q:幼少期・思春期の斉藤さんについて。

私が育った青森県青森市は、色んなものを見て経験することができる素敵な場所でした。四季それぞれに都会では経験できないような楽しい遊びがあって、また周囲の大人たちも子供にいろんなことを教えてくれる、人の温かみが感じられる街でした。例えば、海に行けば釣りをしているおじさんが竿を貸してくれて、その場で釣りを教えてくれたり、夏にはカブトムシやクワガタの獲り方を教えてくれたり。そんな場所で、両親は耳が聴こえない私を色んな経験でも補って行こうと、たくさんのことを経験させてくれました。健常な子供以上に習い事もさせてくれて、色んなところに連れて行ってもくれた。そして耳が聴こえない友達だけではなく、健常な子達とも接する機会をどんどん与えてくれたので、私に障害者であることのコンプレックスはほとんど感じませんでした。
ですが、中学校のころから聴覚障害を持っている私を心配する母親と、健常な子達と同じように遊び歩きたい私とで溝が出来てしまい「心配しすぎ!」とか、「そんなに怒ることないのに!」と両親とぶつかることが増えてしまった時期がありました。時間を気にせず遊んでいる友達が羨ましく、両親の心配を無視して帰るのが遅くなり、そのことを注意されても素直に受け止められず、両親の気持ちを理解しようともしませんでした。荒れてしまっていた時期もあって、両親にはずいぶんと心配をかけたと思います。

Q:「人と関わることが好き」と思えたきっかけは?

高校生くらいまでは正直、「人と関わること」に積極的でなかったと思います。私の障害を理解し、慣れてくれている両親や周囲の人、友達とのコミュニケーションに不便はありませんでしたが、人と接する機会が増えるにつれ、初対面の友達とどう接して良いのかわからず、自分から話しかけることが苦手で、いつも他の友達に代弁してもらっていました。周囲が話していることをわかりやすく伝えてくれるなど、「通訳」もしてくれて、そのことで少しずつ苦手意識もなくなってきました。本当にお世話になりましたし、今でもとても仲の良い大切な友達です。

「人と関わることが好き」と思えたきっかけは、高校生の時に、アパレルショップでのアルバイトに誘ってもらったことです。障害のことにとても理解のある店長さんで、耳の聴こえない私になんと、人生で初めて「接客」の仕事をさせてくれたのです。ただ、自分は耳が聴こえません。目が合っているお客様でも言っている事をきちんと理解することが出来ませんし、目が合っていないお客様からは声を掛けていただいても気付くことができません。それでも何とか、きちんと接客をしようと、自分からお客様のことをよく見る様にして、自分から話しかけることを心掛けました。お客様が欲していそうなこと、求めていそうな案内を考え、説明の方法などを学び、研究しました。その結果、お客様も私を理解してくれるようになり、人と関わっていく仕事がどんどん好きになっていきました。

Q:単身上京、銀座の高級クラブでホステスになろうと思ったきっかけは?

実はホステスの仕事は銀座が初めてではなく、高校卒業後19歳の時に青森でも少し経験していました。その時に「筆談」を使った接客をしたことが私の「筆談ホステス」としての始まりです。その後、東京でOLさんになることに憧れて上京。事務の仕事に就きましたが、ずっと椅子に座って毎日同じ仕事をすることに疑問を感じていました。私は電話対応もできないため、仕事で人と接する機会もあまりなく、自分の中でどうしても仕事のやりがいや楽しさを見つけることができませんでした。そうしているうちに「やっぱりもっと人とコミュニケーションがしたい!」と強く思うようになり、もう一度

ホステスをやろう!どうせやるなら日本一キラキラした街「銀座」で始めようと決心したのです。
ですが、満足に会話が出来ない私を「ホステス」として雇ってくれるお店はなかなか見つかりません。そこで助けてくださったのが青森時代のお客様です。その方の知り合いのお店で、しかも銀座の高級クラブに推薦してくださり、憧れだった銀座のホステスになることが出来たのです。ホステスになった最初のきっかけを創ってくれたのは、高校生の時のアパレルショップのアルバイト経験ですが、色んな方の理解や支えが後押しをしてくれたと思っています。

Q:銀座の高級クラブとはどんな世界でしたか?

日本一の街「銀座」は、私にとってお客様もお店の方も本当に器の大きな方が多く、温かい場所でした。お店のお姉さんたちも耳が聴こえない私にたくさんのノウハウを教えてくれましたし、また可愛がってくださいました。色々と厳しいことも言われましたし、時に理不尽なこともありましたが、お客様のことだけを考えて仕事をさせていただけていたと思います。

Q:「筆談」での接客は最初からおこなっていた?

青森でホステスをしていた時に行っていた筆談での接客は最初から取り入れ、いつもメモ用紙とペンを持ちながら接客をしていました。お客様も自分でメモをお書きになり、私に伝えてくださったので、筆談によるコミュニケーションが成立するのに時間は掛かりませんでした。私が注力したのは、とにかくメモをとることです。その言葉の前の会話も記録しておき、そのお客様とのコミュニケーションをしっかり記憶することを重視しました。 筆談でのコミュニケーションをおっくうに感じるお客様ももちろんいらっしゃいましたが、とにかくお客様に心地よいと思っていただける、筆談ならではの対応を考えました。筆談には言葉の会話とは違う楽しみ方があります。言葉での会話は他の人にも聞こえますが、筆談は当人同士だけの特別なコミュニケーションです。また、言葉より気持ちを明確に伝えられることだってあります。