芸能事務所「高倉組」組長
倉本 宙雨/“悪役専門” 芸能事務所 次なる一手は『再犯防止の仕組み』創り

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元暴力団員の社会復帰を支援する “悪役専門” 芸能事務所
次なる一手は、高倉組だから出来る『再犯防止の仕組み』創り

圧倒的な迫力と存在感を放つ“本物の”悪役タレント。「“悪役専門”の芸能事務所」が存在することを、皆さまはご存知だろうか。その名は『高倉組』。“組員”の多くが元暴力団員・元不良で、所属タレントは全国に70人(2019年現在)を数える。“セリフなし”の仕事がメインであるにもかかわらず、彼らでしか実現できない付加価値が支持され、ニュース番組、バラエティ番組、ミュージックビデオから、NHKドラマに至るまで、現在まで400本以上の出演実績を誇る。当然ながら、創設者である組長:倉本宙雨(くらもと・そう)氏をはじめ、“現役の本職”は1人も存在しない。

元暴力団員や、過去に罪を犯した人が社会に復帰するのは、決して簡単なことではないと倉本さんは言う。高倉組の存在意義は、彼らが自ら人生について考え直し、自らの個性を生かして、陽の当たる場所で活躍できる機会を提供すること。2011年3月11日の設立から8年余り。その取り組みは少しずつ、着実に実を結んできた。そして、倉本組長が2018年からスタートさせたのが、刑務所から出所してきた人たちを主な対象に、仕事と衣食住を提供する新たな取り組みだ。その大目的は、出所後の生活不安を払しょくして「再犯を防ぐ」こと。芸能事務所とはまったく異なる取り組みだが、過去に社会不適合者となった人の社会復帰をサポートするという“大義”は一貫している。

倉本組長へのインタビューは、高倉組設立に至るまでのご自身の激動人生と、高倉組の活動や存在意義、そして服役を終えた人々が再び犯罪に手を出さない世の中を創り上げるための取り組みについて語っていただいた。ぜひ最後までご覧ください。

倉本 宙雨さん インタビュー


――ドラマーを目指した十代

中学の頃QUEENに憧れ、ロックスターになりたくて地元・静岡でバンド活動をしていました。音楽学校に通って、プロのドラマーになろうという夢がありましたが、実家は小学一年の時に父親を交通事故で亡くして母子家庭。また、自分が男3人兄弟の長男だったこともあり、早々に就職を決意しました。それでもプロになる夢を諦められず、大物のジャズドラマーがボーヤ(サポートスタッフ)を募集している広告を雑誌で見つけ、思い切って上京しました。

最初はボーヤして、師匠に付き添い六本木のクラブへ行ったり、日本中のジャズ公演会などを回りました。その当時、ジャズは最先端のジャンルだったものですから、真面目なお金持ちから不良まで、良い人も悪い人も色んな人がいるわけです。ミュージシャン付きのボーヤは2、3年やって芽が出なければプロにはなれないという世界で、結局自分はプロになろうという意識がそこまで高くなかったことに気付きました。芸能界の方や、たくさんの大物に出会える環境にいたことで、それまで音楽にしか興味がなかったのに、いつの間にかお金を儲ける方に興味を持つようになりました。色々な人脈ができると、お金を儲ける知恵もついてくるわけです。

――金儲けの魅力にハマる

音楽関連で一番得意だった仕事はチケットの販売です。多くは語りませんが、合法なやつもグレーなやつも両方です。運営母体が暴力団なのか、そうじゃないのかっていう区切りは、組織に“登録をしているかどうか”なんですが、自分は組織ではなく独自に運営していました。それ以外だとバブルの前後で貸金業もやりましたし、大きな芸能事務所グループの傘下でスカウト業などもやりました。渋谷や原宿でスカウトして1人につき10万円の登録料をもらうんですが、入れるだけ入れてあとは何もしない。それはもちろん詐欺ではないけど、自分が入れた人をサポートできないもどかしさが、今の高倉組のルールにも繋がっています。入れた以上はしっかりサポートをしたい!という考えのもとになっていますね。その後、アダルトビデオのスカウトもやって、自分でも出来る!と考えてプロダクションも作りました。バブルだった1980年代から、バブル後の2011年初旬まで、これらを並行しながら色々なビジネスをやってきました。

――なぜ「高倉組」を設立したのか?

2011年3月11日の東日本大震災です。大地震が発生した瞬間、自分はたまたま自宅に居たのですが、妻は自宅から離れたところで仕事をしていて、離れ離れ。心配で不安でどうしようもなかったんですよね。テレビでは連日、災害の凄まじい様子や、泣き崩れる人たちの姿が繰り返し報道されていて、「こんな時に俺はいったい、何をしてるんだろう」と思いました。居てもたっても居られなくなって、震災から2週間経ったタイミングでレンタカーを借りて、とりあえず「3年間保存できる水」を買えるだけ買い込んで、宮城県に向かったんです。そして、石巻市役所にその水を渡して、「なにか参加できるボランティアがあれば協力したい。あまり長くいられないけど、今の自分にできる最大限のことです!」って伝えたら、写真を拾って、洗って乾かす仕事があるというので、それをやらせてもらいました。泥の中から、被災された方々のさまざまな思い出写真を拾い上げて、ひたすら洗って乾かす!という作業を1日6時間。終わった後に高台に上ったら野菊が咲いていて、それを献花できたのがその時の想い出です。

東京に帰ってきて、こんな自分でも、少しは人の役に立てたかもしれない。という気持ちと、「自分にも、これまでの経験から何か人の役に立てることはあるはず!」という気持ちが芽生えて、考えに考えて創ったのが「高倉組」です。高倉組のホームページを公開して、しばらくすると、なんと映画出演のお声が掛かりました。それはもう本当に嬉しかったですよ。人からは「暴力団とのつながりの中で掴んだもの?」と聞かれることもありますけど、そういうものを全部リセットしたうえで、自分にできることが繋がっただけなんです。思いが強ければ通じると実感した瞬間でしたね。

――高倉組 組員の仕事とは?

基本的に最初はエキストラです。意外に感じるかもしれませんが「Vシネマ」は少ないんですよ。というのも、“セリフのある仕事”はお断りしているからです。組員たちからすると、「俺たちは元本職なんだから、素人が決めた映画用のセリフなんて、上手く喋れるわけがないだろ!」って感覚です。その場その場のハッタリですとか、アドリブで凄むのとかは得意中の得意なんですけどね(笑)。

――高倉組ではどのような人物像を求めているのか?

演じる立場になることを考えて、どういう極道になりたいか、どうやったら高倉組で、そしてエンターテイメントの世界で唯一無二の存在になれるかを追求するようにと伝えています。自分がこんな服を着てるのも、絶対に人とは被らないからです。キャラ付けというのは本当に重要で、個性や適した役割は自分で作っていかなければいけません。そういった意味で、「悪役商会」さんは素晴らしい演技のできる悪役が揃ってますよね。高倉は40~50代の人間が多いこともあり、その年齢から演技や台詞を磨いて、マルチな活動ができる悪役になろうというものではありません。それを目指したい人は他の事務所に行った方が良いと思います。

高倉組の組員(タレント)たちは、“本物感”を出せることが個性であり、面白さで、それは高倉組にしかない付加価値だと考えています。「演技」というよりも、組員一人一人のキャラのままでやっていますし、純粋に“顔が怖い”というだけでも一つの個性であり、誰にでも持てるものではない面白さです。

組員たちの個性は本当に色々で、自分の場合は真のチンピラ。自分自身は中途半端な人間ですけど、色々な組織の大親分たちと広く浅く付き合ってきた経験から、場面場面で「こう振る舞ったらいいんじゃないか?」っていう引き出しがたくさんあるんですよ。組員のなかには、父親が組織の親分という者もいますが、エンターテイメントとして成立させている以上は、「合法やくざ」として、リアルな経験を活かすことを大切にしています。

――「組員」として採用する基準とは?

チャラチャラした憧れで有名になりたいとか、単にお金が欲しいという理由で入ろうとする者がたくさんいます。でも「お金が欲しいならコンビニでバイトしろ!」と、最初に伝えるようにしてるんです。お金だけなら高倉でやる意味がない。あと、暴力団には銀行口座が作れないとか制約があるので、一時的に組を抜けて高倉に入れば作れるだろうとか、箔がつくとか、そういうことが目当ての者もいます。もちろん、現役の本職はお断りなので、そういう人が入ってくることがないよう、管轄の警察署と連携して、「暴力団を完全に抜けた!」という確証を取ってから初めて高倉組の組員として採用してます。

基準の一つとして「守るべき人がいる」というものもあります。これはなぜかというと、自分も含めて、そういう者の方がへこたれずに続けられることが多いと感じたからです。自分も誰のために?と言われたら、妻のために働いてます。妻とは30年の付き合いですけど、もともと結婚という“契約”に興味はなく、周囲の勧めで籍を入れたのが震災の直前、2011年の2月27日なんですよ。高倉組を立ち上げる直前だったのは、本当にたまたまですが、結婚して本当によかったと思っています。自分の中に確固たる責任感が芽生えて、70人の若い衆を息子のように面倒見る「覚悟」にも繋がりました。

――嘘をつく者は、組員ではいられない。

あと、一番大事なルールは「組長に嘘をつくな!」ということ。別に、自分が絶対的な神様だとかそういうわけではないです。他所でハッタリをかますのは良いけど、自分には本当のことを言ってもらえないと責任が持てないですから。どんなことでも組員のケツは拭ける自信はありますが、嘘をつかれていたら、どうしようもない。あとは自分でやってもらわなきゃいけません。

組員たちが「あの時テレビに出てたよね!」とか、「すごい!いままで不良やってたのに!」という反響をもらえると、高倉組をやってよかったなと思えます。ファイナンシャルプランナーという顔をもつ「大和白龍」という組員は、九州でナンバーワンの営業成績を残せるくらいの実績と信用を得ました。するともう、それを裏切るわけにはいかないという意識を自分で持てますよね。高倉組とはそういう場所なんですよ。

――警察署と協力して「落語」を創った!

事務所のある東京・小金井市に「吉原朝馬」という真打の落語家がいたので、高倉組と彼で一緒に何かできないかな?と考え始め、「“オレオレ詐欺”を撲滅させたい!」という気持ちで共作したのがその落語です。枕の途中で組員が入ってきて、「今日は借金を取りに来たぞ!金よこせ!」と朝馬やお客さんに脅しを入れるところから落語が始まっていきます。人は楽しい想い出は覚えてないことが多いですけど、怖いとか、悲しい想い出は身をもって覚えているものなので、そこに着目しました。落語に高倉を加えることによって視覚的だけでなく、五感で怖さを感じ、危機感を抱いてもらえるんじゃないか?という発想です。4月に浅草で開催した独演会は大盛況でしたし、それがきっかけで別の警察署からもお呼びがかかっています。

―― 元受刑者の再犯を防止する仕組みとは?

これは芸能事務所とは関係ないんですが、刑務所から出てきた人たちの再犯を増やさないための仕組みを創りました。「吉田丸」という組員が建築業をやっているので、東京の江戸川区に作った施設で、日雇いの仕事と、衣食住を提供する施設です。そこで安定して働いてもらうことで、その人たちの再犯防止に繋がると考えています。刑務所にいるような連中の一番の悩みって、「自分が再犯することになるか?」どうかなんですよ。本来は「もう二度とあんなところに戻るものか!」と思うのが刑務所というところなのに、自分が見てきたのは再犯する人たちばかりでした。なぜか?というと、寒い季節に住むところや食べるものが無くなって死んでしまうよりも、窃盗とか器物破損とか、軽い犯罪で捕まれば、刑務所に入れて、御飯が食べられて、温かいところで寝られる!って考えて戻ってしまうんです。

――「刑務所に守ってもらえる。」そんな甘い考えを捨てる。

彼らにとってはそう考えるしかないです。だって、出所後にまともな仕事が見つかるケースないて本当に少ないんですから。再犯をしてしまうことの原点は、お金の問題がほとんどなんです。だから、「再犯を減らす仕組みってなんだろう?」って考えたら、食べることができて、住むところも服もあって、明日生きていられるかどうかで悩むことがないお金をくれる仕事がある!という状況を創ることに辿り着くんです。少なくとも仕事がなくて、明日が心配で窃盗を繰り返すような人には、この施設があれば再犯を起こす理由はなくなります。9,000円の日当のうち3分の1は食事代や施設の維持費などでもらいますが、残りはぜんぶ自分で貯めていける。そうすれば普通の生活に戻ることもできます。

施設ではすでに何人もの元受刑者を受け入れていて、「吉田丸」の会社の仕事をしてもらっています。特に今は建設ラッシュなので建設業界には仕事がたくさんありますし、人材は足りていないんです。いまは10人ほど施設で頑張ってもらっていますが、人が増えたら施設も増やします。どんな不良でも、どんな入れ墨が入っていても、3日間だけでも構いません。ちゃんと来てまじめに働いたら、絶対に損をしない条件になっています。住むところに困って飯を食うこともできないという人に、高倉のことを思い出してもらえるようになったらいいですね。自分に連絡をくれたら、絶対に仕事と衣食住を保証するので。

最後に一つだけ。
自分は“社会貢献”のために「高倉組」やってるわけではない!ということ。

一般的に言われている「社会的弱者」とは性質はずいぶん異なりますが、社会不適合者になってしまった人達に対して、自分に何ができるか?を一所懸命考えた結果、たまたま今は元本職・元不良の社会復帰につながることをやっているだけでなんです。この取り組みは今後も続けて行きますが、来年にはさらに違うことをやっているかもしれない。毎年進化していきますし、実現したいことはまだまだ山ほどあるんです!

だから、この命ある限り、続けて行きますよ!

<記者:平澤 尚威>

"日本の匠に尊敬と感謝の思いを込めて" - Grateful JAPAN

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