株式会社Kisvin 醸造責任者
斎藤 まゆ(後編)/世界最優秀ソムリエの心を掴んだ“才能ある醸造家”

0Like&Share

Facebook

LINEで送る

世界最優秀ソムリエの心を掴んだコミュニケーション
“才能ある醸造家”の豊かな心が生み出す上質なワイン

山梨県甲州市にある「Kisvin」(キスヴィン)は、ブドウ農家の三代目・荻原康弘さんと、カリフォルニアやブルゴーニュといったワインの本場で醸造経験を積んだ醸造責任者・斎藤まゆさんが中心となってワイン造りを営む小さなワイナリーだ。

2017年、Kisvinのワインが突然脚光を浴びた。世界最優秀ソムリエの故ジェラール・バッセ氏が来日した際、 Kisvinの美味しさに驚き、“才能ある醸造家”とSNS上で称賛したことで、斎藤さんは世界から注目される存在となった。設立からわずか4年のワインナリーが自信をもって造り上げたワインは、世界一を目指すという高い志に全く劣ることのない評価を受けたのだ。

インタビュー後編は、「90%以上は地道な作業」という醸造家の仕事や、バッセ氏にKisvinのワインを評価してもらうために斎藤さんが“勝負”を仕掛けた、奇跡のような1日の出来事を伺った。ぜひご一読ください。

斎藤 まゆさん インタビュー


――醸造家としての仕事をされるワイナリーには、どのような設備があるのでしょうか?

荻原の実家の敷地内に作られた小さなガレージワイナリーで、醸造に関する仕事をしています。発酵や圧搾のための蔵と、瓶詰め作業や研究のための部屋で1棟、それと貯蔵庫があるだけです。本当に狭い場所ですが、窮屈な気持ちでいると窮屈なワインになってしまうので、音楽を聴きながら、リラックスして仕事をしていますよ。

ワインには樽で熟成させるものとタンクだけで造るものがあって、貯蔵庫ではシャルドネ、ピノ・ノワール、その年で最高に出来のいい甲州など5種類を樽に入れて熟成させています。1年目は10個だった樽も、古い物を交換しながら増えてきました。3年以上熟成させることも可能ですが、熟成期間は短い物で5カ月、長くても2年ほどです。造って間もないワインもお出しせず、熟成させて、落ち着いた味わいのワインを瓶詰めしています。

ラベル貼りは全て手作業で、手間がかかる分、機械にはできない丁寧な品質で出荷しています。瓶には型取りの線ができるのですが、その間にきちんとラベルが納まるように貼っているんです。普通は気付かないような部分ですが、見る人にはよってはわかりますし、細部にこだわることで、ものに魂が宿るという面があると思います。

――仕事を拝見すると、タンクの清掃作業が大掛かりで、なおかつ細かいことに驚きました。

醸造家はワイン片手に華やかな仕事をしているようなイメージがあるかもしれませんが、90%以上は設備のメンテナンス、清掃などの地道な作業です。ずっと何かを洗ったり、拭いたりしている。でもその当たり前のことをいかにできるかが、美味しいワインを造る鍵になります。人が「まぁいいか」と手を抜きたくなってしまうところでブレーキをかけて、品質のために自分をコントロールできる人がプロの醸造家なんです。

――アメリカやフランスで感銘を受けたことは?

アメリカでは、誰がいつ、どのように始めようと、勉強できるチャンスがあります。そして、業界全体の情報の共有量が圧倒的でした。「こういうワインがいい」という情報が流れると、それを実現するための醸造機械や道具、栽培資材を即座に開発する業者がいて、ワインの品質がスピーディに向上し、その積み重ねによって産地が成長してきました。業界が育っているからこそ、教育現場にもサンプルが渡ってきますし、教育に貢献することでゆくゆくは自分たちに返ってくると理解しています。食らいつくのは大変でしたけど、ワインのことを何も知らなかった私でも、勉強して卒業すればワインが造れるようになっていましたからね。

フランスが素晴らしいのは、歴史が長く、ワインは代々受け継いでいくものだという認識が誰にも根差していることです。国をあげてワインの価値を高めてきましたから、ワインの仕事に携わる人たちへの尊敬が自然と生まれるような環境でした。「この樹は、ひいおじいちゃんが植えたんだよ」と、ひ孫が話せる。そんな文化のうえにワイナリーは成り立っています。次の世代に受け渡すんだという想いが強いのです。

修行先では師匠にも恵まれました。フランスで「無給でいいので働かせてください」と言ったら、「自分のことをプロだと思っているならタダで働かせてなんて言ってはいけません」と言われて、日本では献身的だと評価されそうなことも美徳じゃないんだとストレートに教えてくれました。実際フランスに行った時には、カリフォルニアでも日本でも醸造経験があって、フランスでも負けないくらいの技術をもっていたので、お給料をいただいた分、一生懸命働くという気持ちが強くなりました。

――海外留学と修行を経てKisvinに入社された初年度にご出産をされたそうですが、無事にワインを完成させられた要因はなんだったのでしょうか?

Kisvinワイナリーも息子も、生まれたのは2013年なのですが、4月に入社して、5月に子供ができたことが分かったんです。それを社長に伝えると「おめでとう!」という言葉をもらいました。その一言がすっと出てくるのはすごいですよね。社長の奥さんからも「子供をもつことに遠慮しないで欲しい」と言ってもらえて、なんていい会社に就職したんだろう!と思いました。

ものすごく気遣いやサポートをしてもらったことで、ワイン造りの技術を隠して、自分だけのものにしていてはいけないと思うようになりました。高い所に登れない、重たい物が持てない状態では、みんなに動いてもらわなければワインが造れない。自分の能力を醸造で発揮することが私の仕事だと思っていましたが、「教えてしまえばいいんだ」「ワイナリーとして成長していこう」という発想に変わりました。そう思えたのは子供ができたことが大きかったですし、いまとなっては最良の決断だったと思います。

――斎藤さんは2017年に、世界的なソムリエのジェラール・バッセさんが称賛した醸造家として、国内外から注目されました。その時のエピソードを教えていただけますか?

バッセさんがTwitterに「ユニークでセンセーショナルな、才能ある醸造家、斎藤まゆが造ったピノ・ノワール」とボトルの写真を添えて投稿してくれました。その出来事が新聞などさまざまな媒体で取り上げられましたが、それはジェラール・バッセという人が、あまりに偉大な“ワインの神様”のような存在だったからです。「世界最優秀ソムリエ」というコンクールで世界一に輝き、世界中で一握りの人しかもっていない「マスター・オブ・ワイン」など全ての称号もっていて、さまざまな面からワインの世界に貢献された方でした。

バッセさんと会えるチャンスのある食事会に荻原と一緒に参加できることになり、本当にドキドキしながら向かいました。バッセさんにKisvinのワインを飲ませて、どんな反応をされるかわかりませんが、でもこれだけ偉大な人物に評価してもらうことができたら、ベンチャーのワイナリーが世界に名前を知ってもらう第一歩になることは間違いない。これは勝負だと思いながら向かったんです。

運よくバッセさんと話すことができ、甲州を飲んでくれた時は「いいワインだね」という言葉をもらって、世間話をしていました。次にシャルドネがつがれて、バッセさんがそれを飲んだ時に、ふっと笑いながら「なんだよこれは……」って言うんですよ。私たちのワインを「これおいしいな」と言いながら飲んでいるんです。

翌日、バッセさんがKisvinのワイナリーに来るかもしれないけれど疲れているからわからない、と言われていたのですが、「ワイナリーに来ますか?」と聞いたら「絶対に行く」と。これは気に入ってくれたと思って、今度はピノ・ノワールを飲んでもらったら、荻原に「本当にいい醸造家だから、彼女を逃がさないようにしなさい」と伝えている声が聞こえてきました。

――それがSNSを通じて世界に発信されたわけですから、奇跡のような出来事ですね。

ただ、私もただ黙ってそれを聞いていたわけではなくて、すべての語学力やプレゼンテーション能力を駆使した勝負でした。「美味しいワインだ」と言ってくれたので、「じゃあ、写真を撮りたいのでボトルを持ってください」とお願いしたんです。「僕は高いんだよ」とやんわり断られそうでしたが、「私たちのワインも高いんですよ」と差し出したらニヤ~と笑ってボトルを持ってくれました。言い方によっては失礼になってしまうかもしれませんが、「あなたの仕事に価値があることはわかっていますし、私たちのワインを造る仕事にも価値があることをわかってくれますよね?」というやり取りを、人間同士としてできたのが分かれ道でした。

ワインに感動してくれたのが一番だと思いますが、ユーモアをもって笑いが生まれるようなコミュニケーションを取れたことが、あのツイートにつながったと思っています。私がワインを通して実現したいのもそういうことで、飲んでくれた人にクスッと笑ってもらいたい。私にとっては、それが目の前で形になったような出来事でした。

それが本当に一期一会で、バッセさんは今年1月に亡くなってしまいました。息子さんと奥さまがバッセさん執筆の本をクラウドファンディングで出版しようとされていますし、教育基金を立ち上げる動きもあるようなので、将来的にはそういった面で貢献できるワイナリーになっていたいと思います。

――これから先どのようにワイン造りに携わっていきたいですか?

私たちは「世界一のワインを造ろう」という目標をもっています。そのために、農業や醸造のことを学ぶだけではなく、荻原と私がお互いに思ったことを伝え合って、風通しを良くしていくといった努力もしています。そうしないと、自分たちが苦しくなって、いいものを造る方向から逸れてしまうことがあるかもしれません。

アメリカ人もフランス人も、私たちよりずっと大量のブドウを作って、ずっと大量のワインを造っているのに、口笛を吹いて、大音量の音楽をかけて、踊りながら作業しているんです。そんな風に笑って過ごしながら、「これくらいの仕事、簡単だよね」くらいの気持ちで働く人たちでなければ、美味しいワインを造れないと私は思っています。楽しい仕事は、楽しくやっていないと損ですからね!そういう気持ちを味で表現できるワインを造れたらいいなと思っています。

<記者:平澤 尚威>

"日本の匠に尊敬と感謝の思いを込めて" - Grateful JAPAN

フォローしてSNSで最新情報をチェック >>

Facebook

LINEで送る