鉄道弘済会 義肢装具サポートセンター 
臼井 二美男(前編)/やりがいは「変化を見届け、一緒に体験すること」

0Like&Share

Facebook

LINEで送る

「変化を見届け、一緒に体験する」

臼井二美男さんは、けがや病気で脚や腕を失った「切断障害者」のための、義足や義手を作る「義肢装具士」の第一人者だ。義肢は切断した箇所や日常用・スポーツ用など目的によって形状や機能が異なり、使う人の特徴に合わせた繊細な作業と綿密なコミュニケーションが求められる。

臼井さんは、勤務先である「公益財団法人 鉄道弘済会 義肢装具サポートセンター」の職務を離れても、切断障害者の陸上クラブ「スタートラインTokyo」を創設・主宰するなど、自らさまざまな機会を創り、切断障害者に身体を動かすことの喜びを伝えてきた。クラブの参加者には、スポーツ用義足の初心者からベテランアスリートまでさまざまな人がいる。そして皆、例外なく、輝くような笑顔でスポーツを楽しんでいるのだ。臼井さんのこうした活動の中からパラアスリートも誕生し、臼井さん自身、パラリンピックで5大会にわたり、日本選手団のメカニックとして、選手達のサポートを続けている。

そんな臼井さんに「義肢装具士としての“やりがい”」について尋ねてみると、「義肢ユーザーの変化を見届け、共に体験できること」という、明確な答えが返ってきた。今回のインタビューでは、臼井さんがこの道を志したきっかけ、義肢を作る難しさ、そして切断障害者にとっての自らの存在意義について、存分に語っていただいた。

臼井二美男さん インタビュー


Q:28歳までアルバイトの生活をされていたそうですね。義肢装具士になった転機とは?

僕は前橋市の出身で、地元の高校を卒業後、東京の大学に進学しました。専攻は文学部でしたが、当時の僕には選んだ理由も、なりたい職業もなく、東京に出ていろんなアルバイトを経験したり、人と出会ったりすることの方に興味があったのです。そんな経緯から入学後は、バーテンや、トラックの運転手、露天商の手伝いやガードマンなど、さまざまなアルバイトをし、大学の勉強よりもアルバイトの比重が高くなり、けっきょく大学は中退してしまいました。その後もいろんなアルバイトを経験していたのですが、そろそろちゃんと「自分に合った仕事」を探してみようと、ようやく28歳の時に当時の「職業安定所」に行こうとしたこと、それが最初のきっかけです。

職安へ行く道の途中、たまたま「職業訓練校」の前を通りかかり、覗いてみると「義肢科」という文字が目に留まりました。それを見て思い出したのが、小学6年生の時の担任の先生のことです。その先生は、「骨肉腫」という悪性の病気にかかり、手術のためにしばらく休んでいました。そして、半年後に学校に帰って来た時、義足になっていたんです。まだ大学を卒業したばかりの若い女性の先生だったこともあり、ショックを受けたことを覚えています。自分の身近にいた人の出来事と重なって、義肢を作るという仕事に強く関心を持ち、さっそく「職業訓練校」に入るための手続きをしようと考えました。自宅に帰り、卒業した後の職場のことも調べてみようと、今度は電話帳で探して、今働いている義肢装具サポートセンターの見学に来たんです。そしたらなんと、ちょうどその時に欠員が出て「学校に行かずに“見習い”で入ってみないか?」と声を掛けてもらえました。けっきょく「職業訓練校」には通わず、6カ月間の見習いが始まり、その後、正社員として働き始めることになります。「とんとん拍子」とはまさにこのことで、運命的なものを感じましたね。

まったく知らない世界に入ったため、はじめは先輩に聞くことに徹しました。慣れない手仕事のうえに、専門用語も多く、理解することは本当に難しかったですが、「先輩に指示されたことを、とにかく真面目にやっていればなんとかなる!」という思いで続けていくだけでした。そこは、アルバイト時代に経験したさまざまな仕事、色んな人や考え方に接した経験が役に立ったと思います。露天商などでは堅気ではない先輩もいて、まともに教えてくれたこともないのに、仕事でミスをすると先輩だけでなく、時にはお巡りさんも飛んできて両方から怒られたり、もうめちゃくちゃでしたから(笑)。

Q:義肢装具士と患者さまの関わり方は?

義肢を使う患者さんには、怪我をして緊急入院し切断する人もいますし、病気のために通院や検査入院をし、計画的に切断する人もいます。病院には「義肢装具士」が定期的に通っていますので、そこで切断された人の「型」を取って「仮合わせ」をし、その方にフィットする「義肢」を作り、微調整をしたのちに「完成」という工程になります。うち(鉄道弘済会 義肢装具サポートセンター)に直接入院する場合でも工程は一緒です。脚を切断して、縫ったところが安定するまでにだいたい1カ月かかります。急いで義足を履いてしまうと傷口が開いてしまいますので、「型」を取るのはしっかりと安定したあとです。

病院には、切断により精神的なショックを受けた方のためのカウンセラーや、書類上の手続きをやってくれるケースワーカーもいますが、どの病院にも十分な人員がいるわけではないですし、特に初めて切断した人は精神的にも大きなストレスを抱えています。「義肢装具士」はそういう人の相談にのって、「スポーツができる!」とか、「旅行にだって行ける!」といったように、将来できることの話をします。少しずつ時間を掛けてコミュニケーションを取り、他の人とも交流することで、最初持っていた「自分だけが不幸のドン底」という意識も変わってきます。自分と同じ境遇の人もたくさんいること、“先輩”のなかには仕事で再び活躍している人、スポーツで「アスリート」と呼ばれるレベルに達した人など、「切断障害者」でも活発に生きている人がいることを知るんです。そうするとだんだん考え方もポジティブになり、自分の将来に希望が持てるようになります。

僕が主宰している「スタートラインTokyo」の活動も、先輩アスリートから初心者まで幅広い人が参加しています。全員で「運動」をすることが基本ですが、そこで得られる最も大きいものは「コミュニケーション」です。義足になって抱えるストレスや悩みを少しずつ解消していけます。例えば、小学生のお子さんが「切断障害者」になったご家族では、お子さんが一人で障害のストレスを抱えていると、自分を卑下してしまったり、やけくそになってしまったり、親までが暗い気持ちになってしまったりしますし、人とのコミュニケーション機会が少なくなりかねません。でもスタートラインで活動していくうちに、できることが増えてくると、お子さん本人の自信にもなるし、ご家族も逆にお子さんに勇気づけられて、未来が明るく感じられるようになるんです。仲間たちとのコミュニケーションから、安心や希望を得られるため、クラブの存在は大きいと思っています。

Q:パラリンピックでは現地でどのようなサポートをしていますか?

2000年のシドニーから、アテネ、北京、ロンドン、リオまで、パラリンピック日本選手団のメカニックとして、選手達のサポートをしてきました。義肢のような機材は、大会本番の1年以上前からしっかりと準備を進めていくものですが、現地に行ってからも細かい調整をします。陸上だけではなく自転車、バドミントン、水泳の選手もいて、そういった選手からの修理依頼もあります。「どこかに当たって痛い」とか、「走るときの姿勢や角度に違和感がある」とか、「記録が出た時の感触とどこか違う」など繊細な内容です。練習以外で使用する生活用の義肢が壊れてしまうこともありますし、開会式から本番までの間には、だいたい何らかの“予期せぬ事態”が起きるものなんです。そこにはこれまでの多くのサポート経験が活かせると思いますので、2020年の東京大会でももちろんサポートしたいですね。その時にご依頼をいただけるかどうかはわかりませんが(笑)。

Q:義足を作る時に意識していることは?

一番意識しているのは「長く使用できること」です。アスリートだけでなく、義肢を履くすべての人が痩せたり、筋肉が太くなったりしますが、義肢を作った後にも微調整ができるようにしています。特にアスリートになって間もない人は練習量が増えることもあり、身体の変化が激しいのです。そのあたりの経験をもとに、使う人の状態や用途・目的に合わせた義肢を作ることを常に意識しています。

用途によって義肢の作りも異なります。例えば、短距離と幅跳びでパラリンピックに出場している大西 瞳選手にはそれぞれ競技用の義肢があり、試合用とウォーミングアップ用の義足もあります。昔は競技用の義肢もひとつしかなかったけれど、短距離にちょうどいい硬さだと幅跳びには柔らかいため、少し硬めに設定する、といったように種目別で記録を伸ばすために、より細分化・オーダーメイド化されてきています。健常な人は身体の作り方、筋肉の付け方などでさまざまな種目に対応できますが、義肢は変えていかないと適応できません。そういう意味で、動物としての人間の能力はすごいですよ。義肢の世界はそこまでカバーできていないので、競技に合わせて履き替えています。究極はひとつの義足で水中に入れて、短距離も幅跳びも、バドミントンも卓球もできれば最高ですけどね。

このように義肢を使う人と、義肢装具士はコミュニケーションが増えて、付き合いも深く長いものになっていきます。私が28歳で入った時からお付き合いしている人もいますよ。普通に患者と医師の関係ならそこまで長くなることは少ないのではないでしょうか。引っ越して遠くに行っても、僕の義肢を求めて会いに来てくれる人、最初にお会いした時は歩くのもやっとという状態だった人が、1年後には日本代表のアスリートになるようなこともあります。アスリートでなくても、前向きな気持ちで職場復帰を果たしたり、復学して友達と旅行に行ったり、うれしい変化をたくさん見ることができるんです。

義肢を使った人の変化を見届けて、一緒に体験できるのがこの仕事の一番の醍醐味だと思います。

"日本の匠に尊敬と感謝の思いを込めて" - Grateful JAPAN

フォローしてSNSで最新情報をチェック >>

Facebook

LINEで送る