鉄道弘済会 義肢装具サポートセンター
臼井二美男(後編)

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義足で走る人を増やすことが喜び

「義肢装具士」の臼井二美男さんは、「鉄道弘済会 義肢装具サポートセンター」の義肢装具研究室長として、ユーザーの状態、目的・用途に合わせたさまざまな義肢を作りながら、自身が主宰するスポーツクラブ「スタートラインTokyo」では、スポーツ用義肢で走ることに挑戦する人々をサポートしている。インタビューの後編では、「義足で走ってみたい人を増やすこと」が目標であり一番の喜びと話す臼井さんに、障害者スポーツの現状や、義肢ユーザーが走ることで得られる大切な意義についてお話しいただいた。

臼井二美男さん インタビュー


Q:人に合う義足を作れるようになるまで、どのくらいの“修業”が必要ですか?

僕の場合は、義肢装具作りを始めて10年くらい経ったころに、チェックするポイントや使う人に合わせて義肢を作る技術がわかり、自信がついてきました。それまではなかなか合わせることができずに、怒られてしまったこと、時には泣かれてしまったこともあります。そういう失敗経験の中から、少しずつ成功経験も出てきて、その両方を積み重ねていくことで、使う人とそれぞれの用途・目的に合った義肢の形が想像できるようになります。

日本人は感性が細かい分、依頼される内容も細やかです。さらに日本には四季があるため、汗をかきやすい夏には脚が痩せやすくなり、冬には太くなったりもします。季節ごとに義肢を変える必要はなくても、使用者の状況に合わせた微調整ができるようにしたり、ソケットを補修したり作り変えたりして、場面ごとに義肢を合わせられるような構造にしています。

Q:義肢を上手く使うために大切なことは?

義肢の使用には「筋力」と「バランス感覚」を鍛えることが大切です。てこの原理と似ていますが、切断した脚に残っている筋力で義肢全体を動かさなければなりません。また、バランス感覚を鍛えないと義肢で上手に歩けなかったり、コントロールができなかったりします。病院でもリハビリを行いますが、その期間はとても短いという現状があります。義肢の仮合わせから、やっと履けるようになっても、リハビリに割ける時間は1日たった30分ほどしかなく、それだけではなかなか上達することはできません。上手に歩けるようになる前に退院させられてしまう。そのため、義肢装具サポートセンターには多くの方が「せっかく高価な義肢を作ったけど、うまく歩けない」と相談にいらっしゃいます。どんなに高価な義肢を作っていても、義肢をコントロールするのはご本人の筋肉、能力ですから、そこを高めなければ上手に歩いたり、走ったりすることはできません。

鉄道弘済会には、ドクターもリハビリテーションのエキスパートもいますから、色々な角度からチェックしてもらうことができます。今では義肢の利用者が4500人ほどいて、脚を切断した方が「義肢装具士」になることもあります。うちにいる「義肢装具士」30人のうち5人はそういう方です。義肢を使う人の気持ちを深く理解しているから、「作る人」になりたい!それは素晴らしいことですよね。

Q:臼井さんから見た義肢の技術革新・進化とは?

20年ほど前に「マイクロコンピューター制御」が導入されたことで、大きく進化しました。その中には「ジャイロセンサー」や「位置センサー」が入っていて、義肢をコントロールするのはご本人の力ですが、ひざの振り出しと力加減をコンピューターが制御してくれるのです。素材の面においては「チタン」と「カーボンファイバー」ですね。これが登場したことが大きな進化のきっかけになりました。いまではなかなか想像できないかも知れませんが、それまでは木やジュラルミン、ステンレス、アルミニウムが主な素材でしたので、各段に軽くて丈夫、しかもしなりがある素材に変わったのです。直近の研究では、3Dプリンターで義足を作ることもエンジニアと共に始めています。これが実現するのも時間の問題でしょう。ただこうした技術革新が進んでも、1人1人に適合し、ご満足いただく義肢を作るためには、しっかり「人」の感覚とノウハウを反映することが大切だと思います。

Q:障害者スポーツの現状や今後の展望について教えてください

障害者スポーツは個人の努力だけではなくて、義肢や車いすを作る人、またコーチやリハビリテーションの先生など、さまざまなプロの力を融合して高めていくものです。2020年のパラリンピックが東京開催になったおかげで少しずつ環境は整ってきてはいますが、障害者の方たちが使える施設はまだ、各県に一つあるかないか、という状況です。障害者のための施設を増やすのではなくて、今あるスポーツセンターを障害者も存分に利用できるような考え方を広めて行ったほうが良いと思います。東京は情報が集まりやすいため、一見すると障害者スポーツが盛り上がっているようにも思えますが、地方にいくとまだまだギャップがあります。情報が発信されることで地方にも影響が及び、結果として関わる人が増えていくことが望ましいと思います。

いま日本は高齢化が進んでいますが、高齢になって、身体に不自由を抱えるというのは障害をもつことと近いのではないでしょうか。自分も家族も、そのうち体が不自由になっていく。そんななかで、パラリンピックや障害者スポーツに興味をもつことが、日本人全員が老後について必要なことを考える機会にもなると思います。

パラリンピックには限られた人しか出ていませんが、彼らと彼らをサポートする人たちを知ることで、身体に障害をもった人たち全般を理解することができます。「スタートラインTokyo」の活動も、トップアスリートばかりに注力しているわけではありません。そういう選手になるかどうかは別として、切断障害者になった後でも「運動したい!」という人を増やしていくことが大切です。頂点ばかりに興味を持つのはナンセンスです。

義肢で運動できるようになるにはやはり普通なら1年くらいは掛かりますが、例外もあります。高跳びの鈴木 徹選手は、筑波大学に入学した春に事故で脚を失ってしまいましたが、なんとその年の秋の日本選手権に出場しました。その間の6カ月ほどは想像を絶するような練習です。「仮義肢」みたいな状態でしたが、もともとハンドボールの選手で身体能力が高かったこともあり170cmを飛んで日本記録を出しました。

Q:「スタートラインTokyo」の活動内容やこだわりは?

基本的にはランニングの指導をしています。これまで卓球や野球、アーチェリー、スキー、スノボー、サーフィンなど、色々な競技で障害をもっている人のための協会が作られてきました。そのような状況の中、「ランニング」はすべてのスポーツの基本ですから、走れるようになれば自分の力で動けるようになると考えています。

スタートラインの活動は、27年間続けてきて、月1~2回の活動ペースは変えたことがありません。関東大会や日本選手権といったさまざまな大会がありますが、「はばたき陸上大会」という東京都の障害者スポーツ大会には、初心者の人でも強制的に種目を決めて出場させています。「遅くてもいいからとにかく出る!」そうやって初めての人も引っ張っていきます。そうすると、うれしいことに2回目からは自発的に出るようになることも多いんです。全部こちらでやってしまうのはだめで、あくまでも「背中を押してあげること」が大切だと思っています。

参加者の就職や、学校の相談に乗ることもよくあります。やはり仕事や学業がしっかりしていないとスポーツどころではなく、何をするにも続きません。仕事や学校など、自分のベースがしっかり決まってくると、練習会にも参加しやすくなり、結果としてどんどん前向きになっていきます。

Q:今後の展望は?

「義肢で走りたい!」という人をたくさん増やすことです。増えた人の数、笑顔の数だけ私の喜びになります。

その人たちが、脚を失ったことで受けた障害やトラウマ、ストレスから解放されることにこれからも注力していきたいですね。それを続けていると、アスリートや社会で活躍できる人が自然と生まれてきますから。

それからスポーツだけではなく、時々開催している「ファッションショー」の活動などにも注力していきます。義肢を使った人たちが集まって行うファッションショーで、脚を失った自分を受け入れて、スポーツが得意でなくても、義肢を使う自分の個性や魅力、楽しさを多くの人にアピールできる機会になっています。これからもそんな機会を増やして、たくさんの笑顔を創っていきたいと考えています。

"日本の匠に尊敬と感謝の思いを込めて" - Grateful JAPAN

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