「絵付け舎 薩摩志史」 代表絵付け師
室田 志保(後編)

0Like&Share

Facebook

LINEで送る

日常のなかに『薩摩ボタン』を落とし込む
伝統を残すため、時代を見据えたものづくり

鹿児島の伝統工芸「薩摩焼」の窯元で磨いた技術を生かし、作り手が途絶えていた「薩摩ボタン」を現代に蘇らせた室田志保さん。金とプラチナ、色とりどりの絵の具で、小さなボタンの面に繊細で華やかな世界を描いていく絵付け師だ。
インタビュー後編は、「良いものは、確かな評価を得られる」という海外展開の可能性、薩摩ボタンを後世にどうやって残していくのか、室田さんの展望を伺った。ぜひご一読ください。

室田 志保さん インタビュー


Q:薩摩ボタンのお客さま

全体的に女性が多い印象ですが、男性のお客さまもいらっしゃって、繰り返しご注文をいただきます。一度お気に入りいただけると、色んな絵柄の作品を求められるケースが多いですね。あと、企業のお客さまからは大量にご注文をいただくことがあります。役員さんが身に付ける社章として限定で20~30個とか。大きな企業さまで、社員全員となったら描けません(笑)。あとは営業の方が県外や海外に行くときに付けていくと、そこから話が弾むこともあるそうです。

デザインはこちらで用意しているものからオーダーすることもできますし、オリジナルの絵柄を作ることもできます。画像を送っていただいてそれをもとに描いたり、お題をいただいて仕上がりはお任せいただく形でデザインを決めたり、さまざまです。何十個という量になった場合はデザイン画をいくつか起こしてお選びいただくこともありますが、基本的にボタン1個のオーダーのためにデザインから起こすというのはほとんどなくて、大よそのイメージをお客さまと共有した後は、ぶっつけ本番で描いていきます。

Q:薩摩焼が評価されたように、海外にもファンは多い?

私がまずターゲットを絞って作ったのが、「ボタンコレクター」向けの商品です。その層に受け入れられるボタンを描いていると、ある程度反応が出てくるようになってきました。「良い」と思っていただければ、同時に高い評価もいただけるので、今後も海外に展開していけると思っています。日本のお客さまには「人間国宝」など作り手の知名度や肩書きを意識して買う方もいらっしゃいますが、海外の方は自分の目で見て「これがいい」と思ったら、その中から一番高い作品を、作者の知名度や背景を気にせず買ってくださる傾向があるため、日本とは違う形で勝負できるんです。過去に日本の良い品が次々と海外に出ていったのは、これが理由なんだなと思いました。

以前、日本文化にも強い「シカゴ美術館」を訪れた際に、ミュージアムショップに薩摩ボタンを置いてもらえないかとダメ元でお願いをしてみました。その後、半年間音沙汰がなかったのですが、「肉筆浮世絵」という展覧会が開催される時に、同じ肉筆画(絵師が直接絵を描く作品)としてショップに出さないかとオファーが来たんです。慣れない英語で、現地のコーディネーターさんやバイヤーさんと必死でやり取りして、海外向けの作品リストも英語で作り、なんとか実現しました。今後も、日本の伝統文化のひとつとして薩摩ボタンの存在を広めていけたらと思っています。

Q:お弟子さんを育てていらっしゃるんですね。

いま日本で、薩摩ボタンの絵付け師を専門にしているのは私と彼女だけかも知れません。みなさん何か別の仕事をしながらボタンを描いてみようかなということはあると思いますが。

彼女は私の短大時代の後輩で、すごく優秀だったことを覚えていました。卒業してから10年ほど経った頃に彼女が展示会に来てくれた時、全然違う仕事をしていて「なんてもったいない」と思ったので、「薩摩志史でいっしょにやってみない?」と誘ったら来てくれることになって。私はそんなに器用じゃないので、たくさんの人数に教えたりとかはできませんが、彼女は真面目で、覚悟もできているので、本当に真剣に取り組んでくれています。

Q:変わらないこと。変えて行くこと。

人は簡単には育たないので、まずは弟子が絵付けに集中できる環境を取ろうと思っています。彼女が入った時には事務作業も全部やってもらっていましたが、今はそれを事務担当の方にお願いして、彼女の生産力を上げました。新しく絵付け師を入れて生産力を上げることは考えていなくて、私のスタイルをよくわかっている人たちと一緒に、全体のパフォーマンスが上がるように環境を整えることを大切にしています。

インターネットや物流が整った現代は、ものづくりにとってすごくいい環境です。例えば弟子が家庭の都合などでこの職場を離れる状況になっても、仕事を続けていく可能性を探ることができます。在宅で作業をして、宅配でやり取りをすることが出てくるかもしれません。どういう仕事のスタイルになっても、作品の質を落とさないという軸さえしっかりしていれば、続けていけると思っています。

“描けば売れる”という時代もありましたが、今はそういう時代ではなくなりました。「大量に欲しい」というより、「高くてもいいから気に入ったものが欲しい」という人が、私のアトリエに来てくださっています。私たちは、お客さまの求めるものに対して、どんなプラスアルファの付加価値を加えた提案ができるかを常に意識して、先を見据えて動いていかなければと思います。

薩摩ボタンが一度廃れてしまったのは、質を落としてしまったからだと師匠から聞かされてきました。時代に合ったタイミングで花開くときもあれば、私が生きている間にも、私の作るボタンが世間の求めるものと“ずれて”くるかもしれません。伝統の絵柄を大切に守りながら、その時々で世相に合った作品も作っていきたいと思います。

Q:後世まで薩摩ボタンを残していくための展望は?

日常のなかで使うさまざまなものを、薩摩ボタンの世界観で描いてみるのも面白いなと思っています。2016年に自動車メーカーのプロジェクトに参加した時、エンジンのスタートボタンを薩摩ボタンにするという企画を立てました。押す時にテンションが上がるじゃないですか(笑)。白薩摩が電気を通さないので企画倒れになってしまいましたが、「車のオプションカタログに載せたい」という構想もありますので、実現できる素材でコラボレーションしたいですね。

そんな風に、日常のなかに落とし込めるボタンというのも、時代に沿った形で薩摩ボタンが後世に残っていく一つのカタチと考えています。一部のマニア向けのようなジャンルで作ってみるのも面白いですし、日常に溢れているボタンに焦点を当てることで、新しい展開をしていけたらと思っています。

"日本の匠に尊敬と感謝の思いを込めて" - Grateful JAPAN

フォローしてSNSで最新情報をチェック >>

Facebook

LINEで送る