関谷醸造株式会社 代表取締役 
関谷 健(前編)/“正確さ”で旨味を引き出すブランド「蓬莱泉」

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正確な作業で旨味を引き出すブランド「蓬莱泉」
地元の米を自ら育て、機械を駆使して造る酒

愛知県の北東部、奥三河地域にある設楽町。山の中の小さな町に、1864年創業の酒造がある。名古屋市からは100kmほど離れ、交通アクセスがいいとは言えない立地だが、この土地で育った米の旨味を豊かに感じられる地酒を求め、全国のファンが次々と蔵の直販所を訪れる。そんな人気を誇るのが、「蓬莱泉」(ほうらいせん)ブランドで知られる「関谷醸造株式会社」だ。限定予約品の蓬莱泉「空」(くう)、「吟」(ぎん)という商品は、原則的に県内2カ所の直販所でしか予約を受け付けないにも関わらず、どちらも1年待ちというのだから、多くの人々が心待ちにしている酒だということがうかがえる。

根強いファンの多い老舗造り酒屋には、いくつかの特徴がある。原料米を自社で栽培していること。酒造りの工程に、早くから機械を導入してきたこと。酒造りの体験施設を設けていること。古い屋敷をリノベーションしたバーを経営していること。そのどれもが、美味しい酒造りだけに留まらない価値を生み出している。

全2回のインタビュー前編は七代目・関谷健社長に、米を自分たちで作ることの意義、機械化が酒造りにもたらしたメリットなど、良質な酒を追求する手法や想いについて語っていただいた。

関谷 健さん インタビュー


Q:蓬莱泉の人気商品「空」「吟」の特徴は?

まず蓬莱泉のラインナップには、「きちんと米の旨味を感じさせる味わい」、「落ち着いた酒質」という共通コンセプトがあり、上位クラスである空には特に高い品質が求められます。吟は3年寝かせて、熟成させることでまろやかさや深み、複雑さを出した商品です。この2つは発売して30年以上経つ蓬莱泉の定番といえる銘柄ですが、限定予約品という形で、注文から1年ほどお待ちいただいています。限定品としてはもう一つ、自分たちの農場で作った米のなかから一番出来の良いものを使って、杜氏が腕を存分に奮って好きなように造る「摩訶」(まか)という酒もあります。こちらはタンク1本分しか造らない、もっと希少な商品です。また、蓬莱泉の他にも「明眸」(めいぼう)、「一念不動」といった銘柄の日本酒があります。

創業から祖父の代までは日本酒だけだと聞いていますが、近年は焼酎も少し造っています。日本酒の酒粕を麹と混ぜて発酵させてから蒸留する、いわゆる“副産物焼酎”と呼ばれる焼酎ですね。あとはリキュールの免許を取得して、梅酒も造るようになりました。

Q:歴史のある酒造ですが、家業を継ぐことを決意したタイミングは?

小学生の頃は、「大きい家だな」くらいにしか思っていませんでしたが、高校生になると、夏休みに瓶詰めをしたり、冬になると麹造りを手伝ったりしていました。その頃には、微生物のことなど細かいことはわかりませんが、酒造りの手順やメカニズムはなんとなく理解していたと思います。東京農業大学への進学を選んだ時には、家業を継ぐ意識が頭の片隅にありました。

卒業後すぐに関谷醸造に入るのではなく、もともと興味があった農業の勉強がしたいと思い、静岡県の肥料販売会社にお世話になりました。次に兵庫県の酒米試験地という施設で、研修生として米の勉強をさせていただきました。その後は、流通や酒業界全体の状況について知るために、飛騨高山の酒問屋さんにお世話になってから、関谷醸造に戻ってきたという感じです。

Q:自社で原料米の栽培に取り組んでいる理由は?

私が代表に就いたのは2010年ですが、米の栽培は2006年、父の代にスタートしました。日本酒を造っていて、米作りまでしている蔵は、日本中でもそれほど多くはありません。全国で20者あるかないか、だと思います。もともと関谷醸造は、地元の米を使う割合が比較的高い蔵です。近年は地元の農家さんが高齢化でどんどん引退されて、しかも後継ぎがいないということがあります。そうなると私たちに原料米が入ってこなくなるので、誰かが受け皿になる必要があると常々考えていました。すると2005年に、株式会社の農業参入特区という制度が全国どこでも利用できるようになりました。それを使えば自分たちが受け皿になれるということで、リタイアされた農家さんの田んぼをお借りする形で自社栽培を始めました。

米作りでは大学卒業後に学んだことが生かせると思いましたが、頭で知っていることと、実際作ってみるのでは全然違います。最初は農家さんに色々教えてもらっても失敗の繰り返しで、今でもまだ農業は思った通りになりません。暑さや寒さ、雨が多かったり台風が来たり、人間にはどうにもできない要因が多いので、「そういうものだ」と自分を納得させながら続けています。

Q:自社で作っている米の割合はどのくらいですか?

私たちが使っている米のうち15%ほどが自社栽培したものです。それを含めて、地元の米が全体の60%くらい。残りは兵庫県などの契約農家から仕入れています。地酒ですから、半分以上を地元の米で造るのは意識しているポイントです。やはり「地」という言葉がつくからには、地域資源を活用して造ることが大切だと考えています。私たちが主に作っているのは、「夢山水」という品種の酒造好適米です。

自社米の比率は、将来的に高まっていくことはあるかもしれませんが、無理に高める必要はないと思っています。現在使っている地元産以外のお米はほぼ「山田錦」という品種だけです。お客さまが慣れ親しんでくださった味には、山田錦ならではの味わいも商品コンセプトとして入っています。それなのに私が「地元の米に変えたいから」と言って味まで変えてしまうというのはエゴかなと思いますので。あくまでも、リタイアする地元農家さんの田んぼをお借りするというのが私たちのスタンスですし、地元の農家さんが元気な間はそこから買っていきます。

Q:酒造りにおいて、味に最も影響を与える要素は何だと考えていますか?

一番というと難しいですが、「原料米」の質は大切です。特に、蔵が商品ごとに味を造り分ける際には、米が大きなファクターになると思います。製法的な部分では「麹の造り方」と、「酵母の種類や使い方」も非常に大きい要素です。それが半分くらいのウェイトを占めているという感じですね。

ただ蔵と蔵の差ということでいうと、「水」という要素が加わります。水によって口当たりや、口のなかに入れた時の「硬さ」の感じ方はかなり違うものです。設楽町の水は非常に軟らかくミネラルを全く含まないので、発酵が遅く、杜氏泣かせの水と言えるかもしれません。ですが、水の成分を生かすのが本来の日本酒、地酒メーカーのあるべき姿だと思って酒を造っています。

Q:日本酒の市場では精米歩合で金額が大きく変わることもありますが、そんな状況をどう捉えていますか?

関谷醸造でも精米歩合30%の酒を造っていますが、競うように米を削ればいいというものではないと思います。なぜ米を削るのかという本質を考えると、不要な脂肪分やタンパク質を除去するためですよ。ですが不要な部分は、精米歩合に正比例して減っていくわけではありません。グラフにすると、はじめはスッと落ちて、50~40%を過ぎてくるとほとんど横ばいになってくる反比例のグラフのようなイメージです。そうなると、35%と10%で比べても、手間がすごくかかって精米時間も長くなる割に、雑味の成分はさほど変わりません。「ここまでできるぞ」という技術のアピールにはなると思いますが、そこに労力を注ぐのは、市場全体として少しおかしな方向に進んでいる気がします。そこまで手間をかけるよりは、自分たちで有機栽培のような付加価値の高い米作りをして、30~35%くらいで適正に削り、技術の粋を込めて造る方が価値あることのように思います。

Q:工房に機械を取り入れたメリットは?

「きちんと使いこなせば、正確に動いてくれる」ということです。酒の仕込みには10度以下くらいの気温が適しているので、冷房や温度管理のできる発酵タンクを使って管理しています。全て機械で管理することで、「気温が高くて仕込みがうまくいかなかった」ということがありません。

さらに1年を通して温度管理をすることによって、長期にわたって酒を造ることもできます。出稼ぎで蔵人が来てくれていた時代は冬だけ働いてもらえばよかったのですが、現在私たちは社員だけで造っていますので、3カ月で酒造期が終わったら他の9カ月は何をしたらいいのかという話になってしまいます。ですが、春・秋の少し暖かい時期でもきちんと気温を管理することで、皆造(かいぞう=その年度の酒造りの終わり)まで9カ月以上、酒造りができるようになりました。

また、作業の質が職人の体調に左右されることがありませんし、働き方改革の面でもメリットがあります。微生物が24時間働いているということもあり、かつては労働基準法適用外の業種だったので、酒造業では夜まで働くことも当たり前だったかもしれません。ですがこれからは、いわゆる「働き方改革」を含めた労働基準法を守ったうえで美味しい酒を造らないといけません。それには温度管理、作業工程の機械化が有効だと思っています。おかげで関谷醸造の勤務時間は8時~17時、停電など余程のトラブルがない限り夜に出勤することはありません。

機械化して力仕事を減らした分、社員はクリエイティブな取り組みや、人間にしかできない感覚的な部分を追求することに時間を割いています。それから、いくら機械化を進めたとしても、環境や米の状態を常に見て、改善のため工夫をするためには、人間の感覚は必要ですからね。

<記者:平澤 尚威>

"日本の匠に尊敬と感謝の思いを込めて" - Grateful JAPAN

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