石原和幸デザイン研究所 代表取締役
石原 和幸(後編)

0Like&Share

Facebook

LINEで送る

「生まれた街に、世界一の庭を造りたい」
“人を呼び込む”庭師の技

株式会社石原和幸デザイン研究所」の石原和幸社長は、生まれ故郷の長崎で生け花を学び、九州で花屋を展開、そして現在は国内外の施設から個人邸宅まで大小さまざまな庭を手がける“ランドスケープアーティスト”として、日本を代表する庭師となった人物だ。ガーデニングの本場イギリスで毎年開催される、世界で最も権威のある大会「チェルシーフラワーショー」に出場し続け、10度の金メダルを獲得、そのうち5度は最高賞とのダブル受賞という栄誉を担っている。

石原社長の作品のクオリティを高めているのは、知識や技術だけではない。そこには、思い描く作品を実現させるための人とのコミュニケーションや、苦境にも負けない強い精神力など、庭造りの根幹を支える前向きなパワーが秘められている。

石原社長への全2回のインタビュー後編は、人を感動させる庭を生み出すための庭師の仕事、そして「人生をかけて、地元の長崎に世界一の庭を造りたい」という壮大な展望について聞きました。

→石原 和幸(前編)を見る

石原 和幸さん インタビュー


Q:海外で評価される庭を造るために必要なことは?

2004年にチェルシーフラワーショーに出場して以降、10度の金メダルを獲得できたのは、私自身が腕を磨いからというだけではありません。必要な材料が現地ではどこにあるのか、どうしたらクオリティの高い植物を注文できるのかという知識・経験も大きな要素です。イギリスの方とどう知り合い、どう仲良くなるかがいい作品を造ることに関係してきます。日本人が海外に行って、日本で造るのと同等のクオリティの庭を再現できるかどうかは、コミュニケーション能力が鍵です。その能力を備えることが“世界基準”に到達するということだと思っています。言葉は喋れなくていいんです。ボディランゲージで伝わりますし、通訳がいればいい。それよりも対話や食事を共にすることなどを通してどれだけ仲良くできるか、信じてもらえるかが大事です。

もう一つ私が実践しているのは、目の前で花を生けてみせること。それも雑草で!「すごいな」で終わるようなことではなく、「この人と何かをやったらおもしろそうだ」と思わせるんです。

Q:苔の使い方でも高い評価を受けていますが、苔に注目したきっかけは?

一つは幼少期に、家のまわりに苔がたくさんあったこと。もう一つはイギリス人が苔をものすごく嫌っていた、ということです。イギリスは庭造りにおいて芝を大事にしていて、苔が芝に混ざってしまうとその対処にすごくお金がかかるので苔を嫌っていました。その苔をどう生かすかを考えた時、京都の“苔寺”「西芳寺」のように庭を覆うのもきれいですが、苔を建築素材として捉えて、ドアや壁、屋根など全て苔で造ろうと思ったんです。すると、ヨーロッパ、とくにイギリスの方々が、すごく美しいと評価してくれて、それ以降、苔を使って庭を造るようになりました。それはとてもうれしいことですね。嫌われていた苔の使い方を伝授できたわけですから。

Q:花屋の事業で、一時は8億円の負債を抱えたことがあるとのことですが、返済した原動力は?

個人で8億円の負債というと、けっこう大きく感じてしまいますが、それ以前に花屋としてある程度の成功を収めていたので、その体験を糧に「返せる!」と思っていました。さすがに「家がなくなるのか」「子供はまだ小さいけどどうしよう」と2~3時間は本気で落ち込みましたが、落ち込んでも一緒です。「なるようにしかならない」という気持ちで事業計画を作り、金融機関に行って、ローンの借り換えをするといった手続きをしました。8億の借金を作ったということはその分を稼げるということです。借金を作れない人は稼ぐこともできない。ただ、そこでお手上げする人は一生成功しません。絶対返すんだと誓うことだけです。

金融機関は、花屋として成功を収めていた経歴を見て、花屋なら融資するという条件を提示していましたが、私は絶対に庭でいけると思っていたので、花を売りながらバランスを見て庭も売っていました。花屋は数百~数千円で売れるという世界ですが、庭は10万円で造って欲しいと言われるわけです。そうなったら今度は、「石原君は10万円でこんな庭を造れてすごい」とお客さまに“営業マン”になってもらえるような作品にすることで、そこからまた広まっていきますから。

Q:石原社長のもとで庭師を目指す人はどのようなことを学んでいくのでしょうか?

まず挨拶を覚えることが基本中の基本です。お客さんに好かれるということが一番なので。その後、設計について学んでいく中で、絶対にコストに関する考え方をもっていないといけません。固定概念を壊して、素敵に見せつついかにローコストで作れるかという技術が必要です。安い材料と、その10倍の価格の材料があるとして、高い方を使えば10倍いい庭が作れるかと言うとそうではありません。煉瓦だってデザインの仕方によってはダイアモンドのような価値を出せるんだ、材料の使い方が庭師の腕なんだという考え方が大切だと思っています。

社員が約30人、職人が100人ほどいて、月に30~50の庭を日本中、世界中に作っています。マスタープランはだいたい私が考え、そのプランに担当が1人がついて、年間1~2億円の売上を生み出していくという形態です。私は、社員の給料をこの業界で世界一にしたい。なかには年収1000~1200万円くらいの社員が何人かいまして、造園会社でそういう社員がいるということが大事だと思っています。3000万円欲しいと言った社員には、何年でこれだけ稼がなきゃいけない、とてつもないデザインでクライアントを喜んでもらわなければいけないと伝えました。それだけの仕事を実行できるスタッフを増やしていきたいと考えています。

Q:これまで引き受けた仕事のなかで、印象的な作品を教えてください。

福岡の山中にあるフグ料理屋「油山山荘」の庭を手がけたところ、ミシュラン2つ星を獲得しました。庭を見た人に感動してもらえて、お客さまが急増するような影響を生み出せるから、仕事をもらうことができるのです。

また、渋谷ハチ公の庭も私が造ったものです。当初は付くはずだった予算がなくなりましたが、それでも「造ります」と引き受けました。ハチ公の前に自分の名前があるのは名誉なことですからね。看板の権利だけいただいてPRで使わせていただいてます。そうやって勝負をかけることも時には必要です。

説明が必要な庭ではなく、ぱっと見て「すごい!」と言われる庭であることが大事で、そのなかに自分の考えをどう取り入れていくかがポイントです。現在進めているプロジェクトは、過疎地に人を集めるというものです。夜のライトアップやイルミネーションが人気ですが、昼の庭の方が人を集められるんだというメッセージを込め、そういう世界を作っていきたいと思っています。

Q:今後、取り組みたい活動は?

私の出身地である長崎市三原は長崎駅から10分ほどの立地です。原爆の爆心地から約3kmでしたが、家の前には丘があるため爆風を遮ることができ、私はそうして残った街で生まれ育ちました。潜伏キリシタンの里でもあり、先祖代々クリスチャンで、先祖は島流しにあってます。そんな歴史があった地を、私はガーデニングの聖地にしたい。庭の力、花の力で世界を平和にすること、私が作った街でみんなが笑顔になる未来を目標にしています。

そのために、私の人生をかけて長崎に、世界遺産になるような世界一の庭を作りたいと思っていて、それに向かって着手しています。スペイン・バルセロナにものすごく大きな経済効果を生み出しているガウディのサグラダファミリアのように、私が死んでも残っていく、観光資源になる庭です。三原の段々畑に、とてつもない庭を作って、世界中からたくさんの観光客がやって来る。街全体が高齢化していますが、働きたい人には働ける場所があっていいと思う。これまでに世界中の人たちに喜んでいただいた集大成のような、世界中のみんなでハッピーになれる庭を造ること。これが私の最後の夢であり目標です。

<記者:平澤 尚威>

"日本の匠に尊敬と感謝の思いを込めて" - Grateful JAPAN

フォローしてSNSで最新情報をチェック >>

Facebook

LINEで送る