株式会社 陣屋 代表取締役 女将
宮崎 知子(後編)/「週休3日」が生んだサービス向上と働きやすさ

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「週休3日」が生んだサービス向上と働きやすさ
情報&資源の共有ネットワークで全国のお宿支援へ

廃業寸前だった神奈川・鶴巻温泉の老舗旅館「元湯 陣屋」の経営を、跡取りである夫の富夫さんとともに引き継いだ女将の宮崎知子さん。自社開発の旅館管理システム「陣屋コネクト」の導入をはじめとしたさまざまな改革によって、全てアナログで不効率だった環境から、お客さまへのサービスや従業員同士のコミュニケーションが円滑な旅館へと劇的に変貌させた。旅館経営を立て直すうえでは、従業員の仕事ぶりを見守り、改善へと導く女将の存在は欠かせないものであった。

女将へのインタビュー後編は、黒字転換までの努力の末に従業員が疲弊していたことをきっかけに取り入れた「週休3日」について、そして全国の宿同士で情報やリソースを共有し、助け合うためのネットワークを構築するプロジェクト「宿屋EXPO」など、老舗旅館の枠に留まらない陣屋の今後の展望を伺いました。

→宮崎 知子(前編)を見る

宮崎 知子さん インタビュー


――画期的な、定休日の導入に至った経緯は?

私と主人が経営を引き継いでから、導入した取り組みの歯車が噛み合って黒字に転換するまでに2年半ほどかかりましたし、黒字化した後も従業員たちの疲れが溜まっていて、経営状況や労働環境は改善しているのに離職率がなかなか下がらないという問題を抱えていました。そこで踏み切ったのが、定休日を設けることでした。

当時は“人によっては休みが取れている”という状況でした。思い切って休みを取れる方もいれば、予約状況を考慮して後輩に休みを譲ってあげる方、半日だけ来てくれる方など、自分の意志で働いてくださる方たちもいます。性格によって1年間の休日に差が出てしまうので、全員が休みを取れるような仕組みを作らない限り不公平感が払拭できない状況でした。

それを改善するために火、水曜日の休みを導入したのが2014年のことです。ですが、2日間の休みでは火曜日の午前にチェックアウトがあるという性質上、2日間の休みをしっかり取ることができません。それならばと、2016年には月曜日も合わせて宿泊週3日を定休にしようという決断に至りました。

――休みを取り入れることへの反対意見はありませんでしたか?

全くと言っていいほどありませんでしたね!当時の支配人がほんの少しだけ「せっかく黒字になったのに大丈夫でしょうか」と心配してくれましたけれど、みなさんとても喜んでいました。

――3日という定休を設けている宿泊施設は少ないと思いますが実現できた理由は?

とにかく「休みたい」という気持ちが強かったからです。(笑) どうしたら実現できるかというプランを綿密に練ったわけでもなく、「赤字にならなければいい」という考えでした。働き方改革が叫ばれる前の話でしたが、採算が取れるなら、身体が楽になった方がいいという気持ちでした。

年間6000万円の赤字から3000~4000万円の黒字にまで持ち直していたので、約1億円分の改善をしたことになりますし、それは従業員それぞれのとてつもない努力のおかげです。給与を少しずつ上げることはできていましたが、もっと還元したいけれど、経済的にはなかなか難しいという状況で、その努力に報いるためにはお休みを作ることしかないという想いがありました。

――お給料としていただくのと同等かそれ以上の価値があるかもしれませんね。

結果的に、サービスの向上にもつながりました。もともと火、水曜日は稼働率が低く、パートさんを入れて社員を休ませるというシフトになりがちでした。それだとサービスクオリティにばらつきが出ますし、トラブルがあった時に後手に回ってしまいます。営業日を減らし全員が一斉に出社する体制を作り、常に人材を充実させておくことで仕事がしやすくなりました。

従業員のみなさんにはリズムのいい安定した生活を送ってもらいたいし、陣屋での仕事を長続きさせてもらいたいという想いもありました。離職率が高い頃は、新しい方が入ってくる度に業務を教えて、一人立ちしてもらおうという時に「大変そうだから」と辞められてしまうということも多かったのです。自分の仕事を遂行しながら人に業務内容を教えるのは非常にパワーが必要なので、辞められる度に教える側の心が疲弊してしまっていて、それが本当に忍びなかった。これが年に1回の新入社員であれば、教育に集中できますので、採用シーズンが決まっているというサイクルを構築したかったというのも、定休日を設けた理由の一つです。

――ご自身の生活はどう変わりましたか?

近年は出張を入れることが多くなっていますが、定休日を設けた初年度は、子供の幼稚園のフェスティバルのリーダーを1年間務めることができました。二人兄妹の長男の時はほとんど行事に参加することができなくて、それでも幼稚園の先生方やお母さんたちがすごくよくしてくださっていたので、いつか恩返ししたかったのです。

携わってみると、陣屋と同じようにフェスティバルにも色々な問題があることがわかりました。(笑) なにもマニュアル化されておらず毎年が1からのスタートなので、発注の仕方などのマニュアルを作成し、学年を超えて情報が伝達できるように、縦割りにするなど色々と変えていきました。バザーで出す品物の値段などは、みなさん「私は何円だったら買う」といったご自身の感覚や100円ショップとの比較で値付けがちですが、幼稚園の備品を買う寄付金としての目標額があったので、それを達成できる値段を設定し、売れる売り場づくりの工夫をしました。自分が参加できる日が決まっているので、限られた時間で絶対に終わらせるという意識で取り組みました。

こうした活動をしていたことが娘に伝わっていたかはわかりませんが、幼稚園に行くことが増えたので、「お母さんが今日も来てる」と喜んでくれていたようです。

――今後の注力されていく取り組みはありますか?

「宿屋EXPO」という、宿同士のリソースや情報を交換、共有できるネットワークを作りました。食材や備品の集中購買や、スタッフの交換や共同研修などができるシステムです。従来は「陣屋EXPO」という名称で、「陣屋コネクト」を利用されている施設を対象に提供してきたサービスですが、全国旅館生活衛生同業組合連合会(全旅連)という組合の会員にもライセンスを無料で開放して、活用していただくプロジェクトとして取り組んでいきます。

――「宿屋EXPO」として展開することになったきっかけは?

「宿屋EXPO」を統括しているリーダーの施設さまは「陣屋コネクト」をご利用いただいていて、「このサービスは社会性があるから、全旅連に還元できませんか」と相談をいただき、それならばと一緒に推進していくことになりました。運営に収益性を求めるものではないので数値としての目標は定めず、「使ってよかった」というお宿さんが増えていけばいいと考えています。

すでに物品の交換などのサービスはご利用いただいていますし、従業員の“働きすぎ”にならないよう考慮する必要はありますが、繁忙期のシーズンが異なるお宿同士で、「労働力のリソース交換」ができるようにしていきたいと考えています。また従来の旅館業務ですと、従業員にとって環境の変化が少なく、気付きや学びが不足しがちでした。近年は向上心のある人には何かを提供したいというオーナーさんも多いので、従業員の交換制度を活用することで学びの機会を作っていただけたらと考えています。

――「陣屋」としての今後のビジョンはどのようにお考えですか?

これから先も「陣屋」を多店舗展開するつもりはなく、歴史あるこの1軒だけで続けていくつもりです。旅館というリソースが限られるなか、グループとしては「陣屋コネクト」で旅館さんをサポートする形で企業の成長を図っていきます。

旅行されるお客さまにとっては、せっかく時間とお金をかけて行くのですから、特徴をもったお宿を日本各地で体験できた方が面白いですよね。裏方の事務などに関しては、どんなお宿でもやるべき作業に大きな違いはないので、「陣屋コネクト」で合理性を高めることができれば、それぞれのお宿が個性の強化に時間と労力を使えるようになります。日本各地のお宿がその土地で築いてきたスタイルを守れるよう、後方からお手伝いするのが私たちの望みです。

旅館の従業員というと、従来はプロフェッショナルを育てるような役割分担をしていて、職人気質をもった方々がいる良さがあったと思いますが、その形ですとタスクが融合しません。陣屋ではみんなで考えて、みんなでお客さまを迎えるスタイルで、人材育成をしていきたいと思います。リソースに限界があるなかで業績を伸ばすにはこれからも他業種展開する必要が出てくると思いますので、トライアンドエラーを繰り返しながらでも、マルチタスクで先頭を切って働けるような人材を育てていくのが理想です。私たちは10年前には考えたこともなかったような、「陣屋コネクト」や「宿屋EXPO」といった新しい事業が誕生してきました。数年後、いまは全く考えられないような業種が増えているかもしれませんね。

<記者:平澤 尚威>

"日本の匠に尊敬と感謝の思いを込めて" - Grateful JAPAN

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