宮坂醸造株式会社・代表取締役社長
宮坂 直孝(後編)/「真澄」が目指す、食事を引き立てる最高の“食中酒”

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食事を引き立てる最高の“食中酒”に
「7号酵母」の個性を生かす「真澄」新フラッグシップ

長野県諏訪市の老舗酒造「宮坂醸造株式会社」は、長野県の代表的な日本酒銘柄「真澄」と、全国の日本酒の品質向上に大きく貢献した酵母「醸造協会酵母7号」(7号酵母)発祥の蔵として知られる。

全国の蔵に頒布されている「きょうかい酵母」のなかには、7号酵母の発見以降、より華やかな香りをもつ酵母が誕生してきた。時代に合わせた吟醸酒を造るために、宮坂醸造が7号以外の酵母を使うことも次第に増えていったが、全国の酒造から個性的な銘柄が送り出されてくるようになった近年、宮坂醸造は改めて「真澄」の個性を見つめ直し、7号酵母という“原点”に立ち返ろうとしている。

宮坂直孝社長へのインタビュー後編は、リブランディングを行った“7号発祥の蔵”が発売するフラッグシップ商品に込めた想い、そしてこれからの酒造りのビジョンについて語っていただいた。

→宮坂 直孝(前編)を見る

宮坂 直孝さん インタビュー


――7号以外の酵母を使用してきた時代を経て、改めて思う“7号の良さ”とは?

「真澄」にとっての良さ一つは、圧倒的な個性であることです。私たちの業界は、酒税を国に納めていて、国税庁や国税局の醸造試験場、さらに県の試験場など多数の公的な機関を国が設けてくれています。専門家が研究し、その情報が共有されるわけですから、酒全体のレベルがものすごく上がりました。これは素晴らしいことですが、画一化も進んだと思います。同じような酵母、米、造り方、精米歩合で酒を造れば、画一化からは逃れられません。

これは日本酒の将来を考えると本当にいいことでしょうか。品質的な水準を保ち、高める努力もする一方で、個性を明確にしていかなくてはいけない時代がついにきたのだと思っています。そんな時代の変化を受けて、2013年に入社した長男の勝彦とともに「真澄の個性とはなんだろう」と考えてきました。そこで辿り着いたのは「真澄は7号だ」という結論でした。7号は私たちにとって大切な個性なのです。

――その個性を打ち出すために取り組んだことは?

長男が入社して数年後、「商品のラベルがダサい」と言ってきたことがありました。自分の世代には受け入れがたいデザインだと言うわけです。私からすれば、自分が作り上げてきたものをけなされたので、大変ショックを受けました。ところが私も、その何十年も前には、自分の父に同じことを言ってひどく叱られたことがあったのです。それでも、ラベルがダサくて、コンセプトもよくわからない商品を売りたくないという気持ちがあったため、怒られてでも父に内緒で商品のネーミングやラベルデザインを変更していきました。

息子の言葉を聞いて、時代は流れていくものであり、変化はやむを得ないことだと思うようになりました。それから2人で取り組んだのが、デザイナーを探し、リブランディングのプロジェクトをスタートさせることでした。「真澄の核となるポリシーとは」という議論から始まり、その時に、やはり息子と話していた「真澄は7号だ」という個性を確立させることが必要だと考えました。

――7号酵母に原点回帰して目指す酒造りのビジョンを教えてください。

7号の個性は、食事を引き立てる最上の食中酒を造れることだと思っています。少なくとも祖父の時代、真澄という蔵のポリシーは“家族団欒のなかにある酒”を造ることでした。ハレ(非日常)とケ(日常)でいえばケの食事、それも信州の家庭のおばんざいに合うような酒です。

祖父の父親、つまり私の曽祖父は50代前半に脳卒中で亡くなりましたが、苦しかった真澄の経営をがんばって立て直した人物でした。その“がんばり”のなかには、色々な会合に出席して多くの酒を飲むという仕事もあったのでしょう。子供たちには、「父親は酒が原因で死んだ」という想いがあったようです。亡くなった直後、残された子供たちが集まり、「父を死なせた、世の中に害を与えるような商品を造っていていいのか」と議論したそうです。辞めてしまおうという意見もあったようですが、廃業だけは思い留まったかわりに、男だけで毎晩宴会をして、大量に飲んで身体を壊すような酒にしたくないという気持ちを確認しました。

そうなると、家族や友人とほどほどに飲める、おばんざいに合う酒というコンセプトになります。そこには女性もいますので、ただ辛口の酒だけでない、ほんのり上品な甘口の酒を目指すべきだろうと、真澄の酒質は方向性が決まっていきました。私たちが7号で理想の食中酒を実現することは、この蔵を再生させた祖父の想いにぴったり応えられると思っています。

――リブランディングを経て、今後はどのような商品を展開していくのでしょうか?

今後、真澄の中心になっていくのは「真朱AKA」「漆黒KURO」「茅色KAYA」「白妙SHIRO」というラインナップです。

「真朱AKA」は山廃仕込みの純米吟醸で、ほどよい酸が利いて、味の深みがある良い酒になりました。
「漆黒KURO」はすっきりと飲める、真澄としては辛めの純米吟醸です。現在の真澄の主力である辛口銘柄の後継といえる商品で、食中酒に最も適しています。

「白妙SHIRO」は開発中の銘柄で、2020年の発売を予定しています。特徴は、日本酒のアルコール度数としては低めの12度という設定です。日本酒は一般的に15~16度ほどですが、将来的にはそれくらいまで下がっていくかもしれないと思っています。というのも欧米の人々はアルコールを分解する酵素を日本人よりも多くもっているにもかかわらず、12~13度くらいのワインを飲んでいるわけです。私は12度のお酒がもつ特殊性を感じていて、世界のアルコール飲料の度数がそこに収束していくのではないかと推測していますので、「白妙SHIRO」という銘柄を大切にしていきたいと思っています。

「茅色KAYA」は精米歩合70%の低精白の酒です。造り酒屋はこれまで精米歩合競争をしてきました。米を磨けば磨くほどいい酒ができるのは確かですが、近年は醸造技術が進歩して、過剰に磨かなくても品質が悪くなるわけではないことを示す前例が増えてきました。茅はお値段を抑えて、気取った席ではなくケの日に飲んでもらえる酒を目指しています。お燗でも非常に美味しい、良い酒になりました。これからの真澄は新しい銘柄を次々と増やしていくのではなく、この4つを毎年改善し、進化させていきます。

――これから「真澄」をどのようなブランドに成長させていきますか?

私は社長になってから、4つの夢を掲げてきました。1つは、美味しい真澄を造ること。そのなかには個性化を図るであるとか、7号酵母に回帰するといった色々なことも含まれますが、軸となる目標は「日本一だね」と言われるような酒を造ることです。

2つ目は、食卓を和やかにするような酒を造りたいということ。それは祖父と祖父の兄弟たちの想いを形にすることにつながります。蔵に併設したショップには、酒だけではなく、さまざまな食器を並べています。そこには「食卓は楽しい場所だから、みんなが集まって欲しい」という想いを込めています。例えばフランスでは、楽しいデートとは食事をすることなのだそうです。彼らは堂々と、それが一番楽しいと言い切ります。食事が人生で一番大切だと考えているのでしょうし、私もそうです。食卓に人々が集ってくるきっかけになって、集まってきた人たちの心がオープンになるような食中酒を造りたいと思っています。

街を賑やかにできる酒蔵になりたいというのが3つ目です。諏訪盆地には9軒の造り酒屋があって、特に真澄のある諏訪の5軒は、同じ通りに集まっています。世界中のワインの産地は、競うところは競いながら手を取り合い、お客さんが集まるようにツアーを組んだり、お祭りを開いたり、蔵を見学してもらって地域を賑やかにしています。私たちもそういう仕事をして地域に貢献していくことが目標です。

もう一つは、こだわりをもって、いい酒を造れているという自負があるので、これを国内だけにとどめるのではなく、海外の方にも知っていただくことです。「日本酒を世界のお酒にする」ことに力を尽くしたいと思っています。私たちの酒の原料には、輸入しているものはありません。長野県産の米が90%で、兵庫県の山田錦が10%。素性の知れた米を酒に仕立てて、世界に送り出していくことは農業振興にもつながりますので、これを堂々と続けていきます。現状、輸出の売上は10%程度ですが、できるだけ早期に30%までもっていくことが目標です。そのためには、「真澄を蔵で飲んでみたい」「真澄の蔵がある街で飲んでみたい」というインバウンドのお客さまをどれだけ呼んでこられるかも重要になります。

近年は、海外で真澄を飲んでくれた方が大勢で来てくださることも増えてきました。海外に真澄を届けられれば、それは諏訪に経済波及効果をもたらすことにも繋がってきます。ですから私たちは大真面目に、この4つ夢を実現することを目指していきます。

<記者:平澤 尚威>

"日本の匠に尊敬と感謝の思いを込めて" - Grateful JAPAN

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