株式会社 宝研堂・4代目製硯師
青栁 貴史(後編)/「何世紀も超えて、人を感動させる硯を」

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石への探究心から「月の石」で硯作り
自らの手で「何世紀も超えて、人を感動させる硯を」

東京・浅草の書道用品専門店「宝研堂」四代目の青栁貴史さんは、日本で唯一人の「製硯師」(せいけんし)という肩書きを背負う、硯(すずり)のプロフェッショナルだ。

石を彫るための刀の先端をセンサー代わりにして石の“性格”を繊細に読み取り、完成形へ近づける。そして、自然が生み出した石の魅力を損なわないよう、“表情”を見極めながら磨き上げていく。積み重ねた確かな技術と石への深い理解が、1000年以上使い続けられる堅牢性や、石そのものの美しさを引き出す。製硯師としての目標の一つが、2000年以上も昔に中国の名工たちが作った名硯のような、数百年後、数千年後でも人を感動させられる硯を生み出すことだ。

インタビュー後編は、石への探究心から挑戦した「月の石」を素材とした硯作りのエピソードや、硯だけに留まらないこれからの毛筆文化への想い、そして製硯師としての集大成の一つとも言える獅子の彫刻を施す新作の硯について伺いました。

→青栁 貴史(前編)を見る

青栁 貴史さん インタビュー


――前編でお話いただきましたが、硯が1000年以上使えるものだというのには驚きました。

「文房四宝」と言われる筆、墨、硯、紙のなかで、消耗が少なく長く使えるものは硯だけです。2000年以上前に誕生した硯が今でも残っていますし、1300~1400年前に作られた硯が、美術館で保存されているのではなく現役で使われていることもあります。産地によって石の成り立ち、構造が違って、その特性に合った作り方をするとより堅牢性が上がります。「用の美」を追求することで、壊れにくい構造の硯が出来上がるのです。

――それだけ堅牢な道具を手作業で作りあげると、身体に相当な負担がかかるのでは?

そういう仕事なのですから、負担だと感じたことはありません。NHKの「SWITCHインタビュー 達人達」という番組で、四代目市川猿之助さんの硯を作らせていただいた時には、短期間で完成させようとしたため左膝の十字靭帯を切ってしまいました。ただ、それは大きくて硬い石を相手にする“肉弾戦”において、身体に無理がいくような彫り方をしていたからです。猿之助さんの石にストレスがかからないよう気を付けていた分、結果的に自分の身体に反動がきてしまいました。ただ、そこまで無理をしなければ決して大けがをするようなことにはなりません。他の仕事でも肩が上がらなくなるといった職業病は当たり前にありますし、傷がつくことや、身体に負荷がかかることは当たり前ですし、それを誇りとした方がいいと考えています。

――これまで石の話を中心に聞いてきましたが、硯の材料は石だけなのでしょうか?

「硯とは何か?」という定義は、「石でできた、墨を磨りおろすための筆記用具」であることです。鉄や玉、木などいくつもの材質がありますが、それは硯なかの別ジャンルで、玉でできていれば玉硯、鉄であれば鉄硯など、必ず硯の前に文字がつきます。ですが、石でできている硯に関しては石硯とは言いません。そもそも「硯」という字は「石」に「見」と書きますよね。この漢字は中国でも比較的新しく、1600年代後半から1700年代に、石に対して美しいという概念が生まれたことでようやくできた漢字なのではないかと思っています。そこからも、石が硯の基本であることがわかります。

――石が無数にあるなか、「月の石」で硯を作られましたが、扱った印象はいかがでしたか?

小さな石でしたし、その1個を手がけた限りの感想ですが、現時点ではあの石で大きな硯を作ることは不可能だと断言できます。ノミが作用しないほど、硬度が高すぎるんです。僕たちが使っている刀の合金(タンガロイ)は、地球の石に対応するよう作られています。大きな硯を作るなら、地球外の石に対応できる刃先を作る必要があります。

今回は石を削り、その石を使って研磨し、形を整えるという時間のかかる方法をとりました。結果的には、墨を磨り下ろすための墨堂(墨を磨る面)を作ることはできましたが、墨池(墨を貯める窪み)は作れなかったので、水を2、3滴垂らしてそこで墨を磨る「硯板」という硯になりました。

今回挑戦したことで、「月の石で硯板を作ることができた」という記録を残せました。次の世代、何百年後の世代にも知ってもらえる仕事をしていくことが、寿命の長い硯文化においては大事なので、月の石は大きな一歩だったと思います。

月の石で硯を作って以降、学校で講演をして欲しいというお話をいただくようにもなりました。子供たちに月の硯で墨を磨ってもらい、小筆でお手紙を書く経験をしてもらえれば「小学校の頃、月の石で墨磨って手紙を書いたな」と記憶に残ります。元来、硯は墨を磨ってお手紙などを書く道具だとわかって大人になってくれますよね。そういった活動を増やしていくことで、間接的に文化貢献できているかなと思います

――月の石の次に、使ってみたい素材はありますか?

小惑星「リュウグウ」の石です!月に比べたら限りなく不可能に近いと思いますが……。僕たちが行けない場所なのに、情報はたくさん頂戴するでしょう。技術者として作ってみたくなるのは当然かと。(笑)あとは地球上で一番深い海底の石ですね。生身の人間が絶対到達できない場所にある石で墨を磨れたら、それで手紙を書いてみたいなと思いますし、ワクワクしますよね。

月の石で硯を作った後、「伝統的な硯に興味がなくなってしまったのかと思いました」といったご意見をいただいたことがありました。でもそんなつもりは全くありません。特殊な素材で作ることは、発案の際、目標点こそ違うかもしれませんが、「石と向き合う」という考え方として私の中では等しいものです。今までにない材質で墨を磨ってみたいという想いが、自然と湧いてくるんです。

――今後、毛筆文化にどのように貢献したいと考えていますか?

つい100年前までは、筆記用具として筆が使われていました。文房具屋で買う筆記用具といえば墨と筆ですし、銀行で帳面作るためにサインする時も筆です。その時代の人たちが、100年後に庶民が筆と墨、硯を使わなくなるなんて、きっと思いもしなかったはずです。時代ごとに便利なものが主戦力になり、その度に力のない文化はなくなっていきます。現代においては、1日の間にボールペンすら持たない人もいるでしょう。デバイスが常に革新していくなかで、ひょっとしたら100年後の日本人が「日本語を書けたらいいよね」と話す時代が来るかもしれません。力のある文化が残っていくのは当然のことで、僕一人があがいても、書家の先生がお一人で残そうとがんばっても、衰退を止めるのは難しいと思います。

守るとか、衰退を止めるという考え方ではなくて、「毛筆が選択肢として残っている」という状況を継承していくことが必要だと思っています。お礼状や年賀状、暑中見舞いなどの場面で毛筆を使う選択肢が残っていて欲しいし、それを残すことが僕の目標です。「毛筆はいいものだ!」と押し付けるのではなく、「毛筆もいいですよ」と柔らかく提案していけたらと思います。

「書こうとしても字が浮かんでこない」「筆を持つと緊張してしまう」という、この道具に不慣れな人も大勢いらっしゃいます。ですが、毛筆という筆記用具は、書道の練達者しか使ってはいけない、特別な道具ではないということを知っていただきたいです。

――今後、製硯師として作りたい作品の計画はありますか?

無名の名工たちが中国の皇帝に献上していたような、人が手を入れたにも関わらず、石を生かし、何世紀も超えて人を感動させる硯を、自分の手で作り上げることです。今年の秋に開催する個展のために作ろうと考えている作品が、その答えの一つになります。

30代前半、彫刻に集中して取り組んだことがありました。ですがその彫刻によって石を殺してしまっている硯がたくさんあることに気付いたこともあり、その頃から依頼がない限り彫刻をしてきませんでした。着地点を入念に練り込めていない彫刻なら、しないほうがいい。そこで今回は、もう一度彫刻に戻って、煉り込んだものを作ってみようと決意しました。

今回は、“百花の王”牡丹が彫られた、江戸時代に作られ中身が失われてしまった硯の木箱と、“百硯の王”である「老抗」という石で作られ、壊れてしまった硯を作品の「材料」に使います。そして牡丹の箱と、破損してしまった最高級の硯材を生かす彫刻として彫るのが、“百獣の王”である獅子です。牡丹から滴り落ちる夜露は、獅子の体に宿り死に至らしめる「獅子身中の虫」を殺せる唯一の方法とされ、獅子を守ってくれる存在です。ですので獅子は牡丹の下で眠ります。中国と日本それぞれにあるデザインの獅子に、江戸の製硯師である僕の解釈を加えて獅子を彫り、成立を狙います。お釈迦様などと同じで、見方によって笑っているようにも怒っているようにも見えるのが神様の彫り方。人が干渉していないような表情にどこまで近づけられるかに挑みます。

僕の仕事の根底にあるのは、古の無名の名工たちにどれだけ迫れるかです。製硯師として、伝統のなかに自らの身体を差し込み、現代の解釈を加えて硯を作り出していきます。

<記者:平澤 尚威>

"日本の匠に尊敬と感謝の思いを込めて" - Grateful JAPAN

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