株式会社ベンチャーウイスキー 代表取締役社長
肥土 伊知郎(後編)/“ウイスキーを飲む体験”を届けるためのものづくり

0Like&Share

Facebook

LINEで送る

“ウイスキーを飲む体験”を届けるためのものづくり
第2蒸溜所の稼働開始でより多くの人に楽しさを

2019年9月、埼玉県の蒸溜所「ベンチャーウイスキー」の限定ウイスキーが競売にかけられ、約1億円という超高額で落札されたニュースが世間を賑わせた。落札されたのは、トランプのカードにちなんだデザインと名前を冠する54本セットの「イチローズモルト・カードシリーズ」という希少な銘柄だ。かねてから人気を集めていたシリーズ、想像を絶する価格がつけられたことで、世界中から受けているジャパニーズ・ウイスキーの評価の高さ、そしてベンチャーウイスキーの人気ぶりが強く印象付けられた。

ベンチャーウイスキー代表取締役の肥土伊知郎(あくと・いちろう)社長は、こうした人気ぶりにも「私たちが提供しているのは『ウイスキーを飲む体験』」と、ものづくりの姿勢を語る。供給を遥かに上回る需要が世界中に存在している状況で、より多くの人々にウイスキーを提供するため、2019年9月にはベンチャーウイスキーの生産力を劇的に向上させる第2蒸溜所の稼働がついに開始した。

肥土社長インタビュー後編は、第2蒸溜所がスタートを切り新しい体制で臨むウイスキー造りについて、そして肥土社長が見据えるベンチャーウイスキーの未来のビジョンを聞いた。

肥土 伊知郎さん インタビュー


――「イチローズモルト」の評価を確固たるものにしたコンテストのエピソードお聞かせいただけますか?

「サントリー」や「ニッカウヰスキー」は世界中で高く評価されていて、ベンチャーウイスキーを立ち上げた時点で世界的な賞を受賞していました。ワインの世界では、長い間フランス勢が1位を占めていたコンテストで、突如としてカリフォルニアのワインが1位を取った「カリフォルニアショック」という、業界を揺るがす大きな出来事がありました。それに似た現象がウイスキーにも起こり、2001年の「ベスト・オブ・ベスト」(「ワールド・ウイスキー・アワード」の前身)というコンテストでニッカの「余市」が世界一を獲得したのです。スコッチウイスキーの優勝が当たり前だったコンテストで、ジャパニーズ・ウイスキーが1位になったわけですからね。翌年にはサントリーが世界一を獲得し、この2社が交互に1位を獲るという活躍が続きました。

そのような躍進を見て、自分たちもコンテストに出展しようと考えましたが、その前に意外な出来事がありました。「ウイスキーマガジン」という、世界中のプロや愛好家が注目する雑誌で「プレミアム・ジャパニーズ・ウイスキー」特集という紙上コンテストが企画されました。日本の主要メーカーが並ぶなか、どこで探したのかベンチャーウイスキーも選んでもらえたのです。審査員が各メーカーのウイスキーを採点した結果、私たちが最高得点を獲得し、「このイチローズモルトというウイスキーは何だ?」と、私たちの存在がざわざわと広まっていきました

その翌年の2007年、ワールド・ウイスキー・アワードの「12年以下のシングルモルトのジャパニーズウイスキー」というカテゴリーで1位を受賞することができました。「ウイスキーマガジン・ライブ」というイベントの会場で各賞が発表され、MCが「イチローズモルト!!」とコールした時には、場内がどよめきました。そのような舞台で賞をもらえたことは、私にとって大きな驚きと喜びでした。

それからは毎年、いずれかのカテゴリーで出展してきました。世界一を獲れるのはかなり先のことだろうと思っていましたが、2017年に「シングルカスク・シングルモルト」の部で世界最高賞を獲得することができました。2018、19年には「ブレンデッドウイスキー・リミテッドリリース」という、限定の原酒で造ったウイスキーを出展する部門に、ベンチャーウイスキーも気合の入った原酒を使って挑み2年連続で世界最高賞を受賞しています。

――最高賞を獲れた要因はどこにあると考えていますか?

この部門で高い評価を得る要素は、もちろんブレンドの仕方もありますが、どれだけいい原酒を持っているかの勝負だと思っています。いまは存在しない蒸溜所から受け継いだ原酒が残されていたからこそ獲れた賞であり、ウイスキーというお酒の特徴を改めて実感させられました。

我々の原酒に関しては、いいものを造り込もうという想いの強さが挙げられるかもしれません。どこの蒸溜所も、フローチャートにしてしまえば同じ造り方をしています。それは日本酒やワインなど、多くのお酒も同じことです。ただ、同じように見えるけれども出来上がる酒には歴然とした違いがあります。「小さなことにどこまでこだわれるか」という積み重ねが、最終的には大きな違いとして表れるのだろうと考えています。

――世界中でイチローズモルトへの需要は高まり続けています。手に入らない人もいる状況への策は?

秩父蒸溜所は生産量が少なく、さらにウイスキーは増産しても熟成期間がかかるためすぐには出荷できません。申し訳ない気持ちとともに、いい酒を造るためには時間をかけなければいけないというジレンマがありました。その結果として造ったのが第2蒸溜所です。ここでいいウイスキーを造って、より多くの方に楽しんでいただきたいと思います。

第2蒸溜所の機能は、基本的には第1蒸溜所で行ってきたことの拡充です。第1蒸溜所は一度に400キロの麦芽を仕込める規模で、第2蒸溜所は2トン仕込みになりました。ただ、単純に生産量が5倍になるわけではなく、当面は3.3倍程度になる見込みです。400キロ仕込みだったものが2トンに増えますので第1蒸溜所よりも手作業は少なくなります。

また、大きな違いとして第1蒸溜所はポットスチル内のパイプに蒸気を通す間接加熱ですが、第2蒸溜所はガスによる直火蒸溜です。ここで酒質の差が出てくるだろうと考えています。直火は力強い味わいを生み出せる傾向があります。イメージで言うと、電子レンジで加熱した料理と、中華鍋で強火にかけて作った料理のようなものでしょうか。化学分析すればそれほど差がないものでも、人間の官能は大きな違いとして捉えますし、繊細に感じ取れるからこそ直火ならではの味わいを楽しんでいただけるのだと思っています。

――業界全体で原酒が足りなくなるほど人気が高まることは予想していましたか?

これほど急激に伸びるとは予想していませんでしたが、ウイスキーの魅力に気付いてもらえるだけで飲んでくれる人が増えるという確信はありました。2000年頃からその兆候があり、ウイスキー市場は縮小していましたが、シングルモルトの輸入量やプレミアムウイスキーなどの販売量は増えていたのです。統計資料としてはウイスキー全体の数値しか出ないため詳細に調べなければ気付けませんが、人気が高まっているジャンルは存在していました。その情勢に乗ることができれば、小さな蒸溜所でもやっていけるのではないかという気はしていました。

秩父蒸溜所で最初のウイスキーが完成したのはハイボールブームが起こった2008年のことで、右肩上がりのタイミングで始められるという幸運に恵まれました。2014年にはNHKでウイスキーづくりを題材にした連続ドラマ「マッサン」が放映され、駅で高齢のご婦人たちが「ウイスキーの原材料が何だか知ってる?」と話題にするような、それまでには考えられなかった光景が見られました。原酒が払底してしまうくらいですから、ウイスキー業界全体への大きな追い風だったと思います。

――近年のジャパニーズ・ウイスキーへの評価の高まりは感じていらっしゃいますか?

酒造りは簡単ではありません。想いをもって改善を重ねて、より一層美味しいものにしていこうという努力が、品質に反映されるものです。評価を高めているのはそういったメーカーが造っているウイスキーだと思います。

ただ、最近はジャパニーズ・ウイスキーの評価を利用する動きがあります。海外原酒を使ってブレンデッドウイスキーを造ることは一般的ですが、海外原酒だけで、一滴も日本のウイスキーが入っていない商品が、漢字のラベルで、ジャパニーズ・ウイスキーを名乗って輸出されるケースです。法律上はその表記も可能なようですが、消費者はラベルを信じて買ってしまいますから、誤認させている恐れがありますし、ジャパニーズ・ウイスキーの評価を貶めることに繋がるのではないかと危惧しています。

これには原酒不足も影響しています。大手メーカーの保有する原酒が少なくなるほど、お店の棚からはウイスキーが減っていきます。お店からすれば、売るものがないという時に“ジャパニーズ・ウイスキー”を仕入れられたらそれを並べてしまいますよね。これは今のウイスキー市場を物語っている出来事でもあるのです。

――ウイスキーの希少価値が高まっているなか、「カードシリーズ」が超高額で落札されたニュースはどのようにお感じでしたか?

驚きましたね。ものづくりをしている以上、低く評価されるよりは、高く評価されたほうがいいのですが、飲み物の値段ではなくなっているように感じました。私たちはものづくりをしていますが、提供しているものはウイスキーそのものというより「ウイスキーを飲む体験」です。ウイスキーを飲みながら、一日の疲れを癒したり、気の置けない人たちと特別な日を過ごしたりという体験のなかに参加させてもらっているのがウイスキーという存在だと思っています。そんな時間をみなさんで愉しんでいただくことが私たちの願いです。

――現在もラインナップにある秩父の原料で造るウイスキーは今後も続けていきますか?

これは可能な限り増やしていきたいと思っています。ウイスキーは基本的に穀物原料を使っていて、輸送や保管がしやすいため、名産地の品質の良い原料を世界中から供給してもらいやすい。そのため、原料は同じものが使われる傾向があります。

そんな状況ですから、自分たちの土地でいい品質の原料が作れるならば使うべきだと思います。それが特別なウイスキーを造るのです。原料代が上がる分、値段は高くなりますが、多少高いくらいなら飲んでみたいと思ってもらえるのがウイスキーの世界なので、秩父産にこだわったウイスキー造りが地元貢献になるような気がしています。

――ウイスキー業界の今後について、思う所はありますか?

どんなお酒にもサイクルがあり、人気の移り変わりがあります。ウイスキーの原酒不足が解消されるのは、ウイスキーの人気がどこかへ移ってしまう時かもしれません。そうなる時のためのリスク回避として、メーカーが努めていければいけないのは、実直にいいお酒を造り続けることです。本当にウイスキーが売れていなかった2007年頃、私がバーを巡っていた時期でも、店からウイスキーはなくなりませんでした。あの空間で認められるような酒を造っていれば、どんな時代でも必ず置いてもらえると信じて、良質なウイスキーを造り続けていこうと思います。

――秩父蒸溜所で最初に造った原酒が11年ものになりました。ベンチャーウイスキーとしての将来のビジョンは?

秩父の30年もののウイスキーを飲むことが私の夢で、これを飲めたら最高の人生だったと思えるのではないかと想像しています。それを実現するには会社を存続させることがとても大切で、そのためにも品質の良いウイスキーを造り、届けていくことが目標です。そんな当たり前のようなことを、変わることなく続けていきます。

<記者:平澤 尚威>

"日本の匠に尊敬と感謝の思いを込めて" - Grateful JAPAN

フォローしてSNSで最新情報をチェック >>

Facebook

LINEで送る