理化電子株式会社 代表取締役社長
戸田 泰子(後編)/若手もベテランも成長を続ける“老舗ベンチャー”へ

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ものづくりの技術を生かし「新しいチャレンジを」
若手もベテランも成長を続ける“老舗ベンチャー”へ

理化電子株式会社の三代目、戸田泰子社長が家業を継いだのは、業績不振が続いていた2015年のことだった。社長交代の折に、「あなたが継ぐなら応援します」という言葉を取引先からもらい、熱意に応える形で「わたしがやります」と即答した。27歳で社長に就任してから、2019年で4年が経った。

何十年と続いてきた家業を継承するには、大きな責任やプレッシャーが伴う。半導体検査部品というものづくりに携わってきた理化電子にとっては、知識と経験をもつ熟練の技術者たちをはじめとした「人」がなによりの資産だと戸田社長は語る。この資産と、変化していく時代に適応するための価値観を融合させることで、若手もベテランも世代を問わず、社員たちが成長を続け、挑戦を愉しめる企業を創ることが目標だ

インタビュー後編は、社内に新しい風を起こすために社員のアイデアを募った「提案制度」の成果や、戸田社長が掲げる“老舗ベンチャー”という言葉に込めた想い、理化電子が目指す成長のビジョンを語っていただいた。

戸田 泰子さん インタビュー


――突然27歳の新社長が誕生することになり、それに対する反応はいかがでしたか?

社員にとっては、私に対してという以前に「会社は大丈夫だろうか」という不安が相当強かったと思いますし、私に対する不安を、いかにして希望に変えるかが何より大事だと考えていました。それはお客さまに対しても同じことで、「もしかしたら、この人なら何かやってくれそうだな」というポテンシャルを感じてもらうことが大切です。ポジティブなイメージや情報を発信し、実績を作り、それを認めてもらえる機会をいただいていけるように頑張っていこうと心がけるようになりました。

――不安を抱いているなかで、社員が辞めていくことはなかったのでしょうか?

率直に言いますと、就任から3カ月で社員全員を昇給させ、ボーナスを出したんです。それまでは業績が悪く昇給もボーナスもストップしていたので、それが一番、隅々まで伝わるメッセージだと思ったのです。普通に考えれば自分が突然就任して、社員が「この人についていこう」と思うわけがありません。一番大切なのは社員に想いを伝えることなんですけど、実績のない自分が言葉で伝えようとしても信じてはもらえなかったと思います。それを待遇面で示すことで「大事にしようと思っているんだな」と感じてもらいたかったのです。財務状況は決して良くありませんでしたが、技術をもつ社員たちに戦力になってもらうための先行投資でした。

――戸田社長が掲げる“老舗ベンチャー”という言葉にはどのような想いが込められていますか?

私自身は技術者でもなければ、父のように会社が小さい頃から自分自身でものづくりや営業をして、メンテナンスまでするような仕事をしてきたわけではありません。自分がこの会社に何ができるかを考えた時に、30年の経験をもつ洗練された技術者が何人もいて、長年積み上げてきた理化電子の老舗的な技術力を、新しい形で世の中に還元することだと考えました。社員に対しても、「自分たちが磨いてきた技術はこんなところにも使えるんだ」というプライドをもってもらえるように導くことを考えた方が、自分にできる範囲が圧倒的に広くなります。技術力という基盤があったうえで、ベンチャーとして新しい視点を見つけていく面白さを、“老舗ベンチャー”という言葉に込めています。

――社長就任後に「提案制度」を取り入れたそうですね?

はい。社員が経営層に直接意見を届けられる仕組みを整えたのがこの「提案制度」です。そして、ここから派生したのが2016年に開催した社内コンペで、“老舗ベンチャー”のベンチャーとしての部分を伸ばしていくための取り組みでした。技術をもつ社員には、「この製品を理化電子で作れるかどうか」を判断できるという、ものすごいアドバンテージがあります。その立場の人たちが、「これを作ったら面白そう」とか「あの機械なら新しいものが作れる」と考えられるようになったら、まさにベンチャー的な挑戦ができると考えたのです。

ただ、まずは社員の頭を柔らかくするところから始めなければいけないと思ったので、家庭の便利用品など、理化電子のリソースを使って作れるものをなんでもいいから考えてみましょうということで実施しました。日々の生活のなかでアンテナを立てる習慣を身に付けてもらうための取り組みでした。

――採用されたのはどのような製品だったのでしょうか?

江戸切子をモチーフにした「zig」という高級耳かきです。この提案をしたチームはプレゼン大会への熱量がとても大きくて、「オレたち本気ですから」と言って商品化するために入念な準備してきました。そもそもプレゼンの場に立ったことがない社員がほとんどなのですが、「プレゼンなんてやったことないからこの程度でいいや」ではなく、「通用するプレゼンとはなんなのか」を勉強して、優れたプレゼンの要素を取り入れた資料を作ってきたんです。競合になりそうな市場調査をして、耳鼻科的にはどういう形が一番いいのかを調べ、製造できる部署に協力してもらってサンプルまで作ってきました。圧倒的に胸を打たれましたし、この人たちの想いを形にしたいと思えるアイデアが出たことは大きな成果でした。

zigのメンバーは情熱をもってくれているのですが、本来の部署とは違う仕事をしているので周囲から「何をしているのかな」と思われてしまう難しさに直面しています。私がやらなければいけないことは、新しい挑戦をする人がいたら、周囲もワクワクして背中を押してくれるような環境を作ることです。組織のバランスとしては従来の考え方をもった人がいることは問題ないのですが、少なくとも出る杭が打たれるような状況はなくしたいですし、まさに今がその環境を作るための過渡期だと思っています。

――三代目の社長として、会社を「立ち上げる」のではなく「継ぐ」難しさがあったと思いますが、就任にあたってどのようなことを意識されましたか?

老舗を継ぐ場合は、築き上げた資産がたくさんあり、そのなかでも一番大きいのが「人」です。彼らには彼らにしか見えない世界があるので、こちらも彼らがもっている信念に敬意を払いながら、新しい風を巻き起こしていかなくてはいけません。そのために必要なのは、新しい “血液”を少しずつ循環させることだと考えています。古い血液を排除するわけではなく、そのなかに新しい血液を浸透させて、フレッシュな酸素が行き渡るようにするイメージです。

私は、人って何歳になっても変われると思っているんです。ベテランを“古い人”として若い世代と分離させたままで老舗ベンチャーとして成り立つわけがありません。新しい価値観をうまく古参の人たちにも伝えることで「こっちの方が面白い」「自分もチャレンジしてみよう」と乗ってくる人を増やしたいと思っています。

――社員が変わり始めているという手応えはありますか?

本当にありがたいなと思うのは、古参の社員ほど私のことをサポートしてくれていて、彼らが新しい広がりに希望をもってくれているように感じています。日本中が野心と希望をもって働いていた時代を知っている60歳前後の社員たちの、眠っていた野心がふっと目覚めてきたのかなという雰囲気です。人生100年時代、60歳を超えても人は変われるんだなと思えることに感動しました。まだまだアプローチしなければいけない層は多いので、次はもっと若い世代の社員たちの火をつけていきたいと思います。

環境を変えていこうと自ら動いてくれる社員もいて、昔から育休や産休は取れている会社でしたが、子育てのために在宅勤務や時短など新しい働き方にトライしている女性社員もいます。環境を作られてからではなく、彼女が身をもって切り拓いてくれることでスピード感が生まれました。自分がパイオニアになるのはつらいことも伴うと思いますが、仲間で支え合いながら突破することができなければ会社の改革はありません。

――「理化電子」のこれからの取り組みとビジョンについて教えてください。

会社を作り上げていくうえで一番大事なのは、自分の周りを固めてくれる仲間がどれだけいて、彼らがどれだけ強くて、お互いのことをどれだけ信頼できるかだと思っています。未知の領域にチャレンジするのは“行き先のない航海”のようなもので、お互いに命を預けるのと同じことです。そんな仲間を増やしていくことで、“血液”を変えていくスピードも上がるでしょう。

改革を推進していくチームが形になってきていますし、「第2創業期」として会社の底上げを図っています。“老舗”としての会社を支えられる社員たちを大事にしながら、 “ベンチャー”として、受け身にならず新しい視点を見つけ、「自分たちが世界を変えるんだ!」という気持ちで可能性を広げていきます。

<記者:平澤 尚威>

"日本の匠に尊敬と感謝の思いを込めて" - Grateful JAPAN

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